第4話 借金という絶望、魔力という希望

――時間は戻って現在。


「うーん……」


 日差しがまぶしい。朝か。


 俺は眠たい目をこすった後、目を開けて無意識に周囲を見渡す。


「え、ここ……どこだ……?」


 目を覚ますとそこはベッドが一つだけ置かれた部屋の中だった。

 そこに俺はベッドで横になっている。


「なんでこんな場所にいるんだ?」


 こんな部屋、俺の記憶にはない。

 

 俺は必死にここに来るまでの経緯を思い出そうとしたが、起きたばかりで頭が回っていないのか思い出せなかった。


「と、とりあえず外に出てみるしかないか」


 そう決めた俺はベッドを出て、ドアの前に立った。

 そしてドアノブをひねろうとした瞬間、ガチャッという音と共にドアが内側に開いた。


「痛っ!」


 ドアが俺の頭に当たった。

 別に痛くはなかったが、反射的に痛いという言葉が出てきた。


「あ、すみません!」


 焦った声で俺に謝ってきたのはドアを開けた人物。

 白いローブを着た金髪の女性だった。


「だれ……?」


 俺はこの女性を知らない。

 会ったことも、見たこともない。

 友達である可能性はゼロだ。


 しかし、この状況を色々と推測すると俺はこの女性と昨晩何かあったのかもしれない。

 そう、ナニかが。


「私はアメリアですよ」


 アメリア……。

 駄目だ、やっぱり思い出せない。


「あの、俺と君って昨日何かあったんですかね……?」


「そうですよ。昨日は本当に大変でした……」


「えっ」


 いやいや本当にナニかあったのかよ!

 しかもなんでそれを俺は覚えてないんだ!


 初めてだぞ?

 俺の初めてなんだぞ?

 それをどうして覚えていないんだよ俺!

 このアメリアとかいう女性が大変って言うくらいの事をどうして!


「とりあえず体を見たいのでベッドに座ってください」


「はっ!?」


 こんな朝っぱらから!?

 なんて大胆なんだアメリアさん!

 そんな、まだ心の準備が!


 などと考えつつも、俺は素直に期待を膨らませながらベッドに座った。


「じゃ上の服を脱いでください」


「は、はいっ!」


 俺は上の服を脱ぎ、目を瞑った。


 心臓の鼓動がいつもより伝わってくる。

 緊張しているからだろうか、感覚が研ぎすままされているようだ。

 アメリアさんの動きすら目を瞑っていても分かる、伝わってくる。


 てか、さっきから何をしているんだアメリアさん。

 手とか腕、お腹を触ったりするだけでそれ以上は何もしてこない。

 触り方も色気は一切なく、ただ触って何かを確認しているような……。


「うん! 大丈夫そうですね! もう服を着てもいいですよ!」


「えっ、あっはい」


 俺は目を開け、服を着た。


 何が大丈夫なんだろうか。

 俺は何か勘違いをしていたのか?


「それにしても凄い回復力ですね、たった一日で完治するなんて。まっ、私の治癒ちゆのおかげでもあるかな?」


「ん、治癒?」


「はい、治癒」


「治癒ってあの治癒?」


「はい、あの治癒」


「あー……」


 うん、完全に俺が勘違いしていたみたいだ。

 なんだろう、勝手に勘違いして勝手に期待を膨らましたりしてめちゃくちゃ恥ずかしいが、それより今は気になることがある。


 俺がなんで治癒士のところに来ているんだ?

 治癒士ってのは回復魔法を使って、病気や怪我を治したりするんだよな。

 俺なにか治癒士のお世話になる状態になったのか?


「あの、俺起きたばっかで混乱してて……。俺ってなんでここに来たんですかね?」


「えっと、それはですね……」


 それからアメリアさんは昨日起きた事を話してくれた。


 昨日、俺は全身ボロボロの状態で冒険者に担がれてここに運ばれて来たことを。

 全身ボロボロの中でも特に上半身の傷が酷く死にかけの状態だったことを。

 しかし、アメリアさんが回復魔法で治癒をして俺は助かったことを。


 そして俺はその話を聞いて思い出した。

 洞窟での一件、魔犬に襲われたことと香水ババアのことを。

 なんだか思い出してイライラしてきたが、とりあえず今は助かったことを喜ぼう。

 

 それとアメリアさんに感謝しないと。


「アメリアさん、助けてくれて本当にありがとうございます」


「いえいえ! 治癒士の仕事をしたまでですよ! それより、ここに運んできた冒険者の方にお礼を言ってあげてください」


 冒険者って、あの赤髪の少女のことか。

 ちゃんと俺が死ぬ前に助けを呼んでくれたんだな。


 あの時は焦っていて名前も聞いていないし、暗くて顔もあんまり見えなかったからなぁ。

 情報が赤髪でロングストレートって事と身長が低くて恐らく少女って事くらいだし今度また会えるか微妙だが、もし会えたらお礼を言おう。


「じゃ店のこともあるし、そろそろ出ますね俺」


「分かりました! では治癒代の計算をするのでちょっと待っててくださいね!」


 え?

 治癒代……?

 治癒ってお金かかんの!?

 いや、確かに冷静に考えたらお金はかかって当然なんだけど、俺の場合って自分の意志で来たわけじゃなくて、言い換えれば勝手に連れてこられたわけだし……。


 大して高くないよな、大丈夫だよなうん。

 大丈夫だよ、うん。


 しかし現実は残酷だった。

 アメリアさんから提示された金額を見て俺は、絶望した。


「三百万ラック……?」


「はい、三百万ラックです!」


 払えないって。

 払えるわけないって。

 ただでさえ店は赤字続きで家賃代も厳しい状況なのに、そこに治癒代三百万ラックは無理だって!

 香水ババアに引き続きここも詐欺なんじゃないのか!?


「さすがに高すぎやしませんか?」


 俺は疑いの目でアメリアさんを見る。


「そう思われるのも仕方ないですが、これでも安くした方なんですよ? あなたの傷、本当に酷くって回復魔法の中でも中級の魔法じゃないと治癒できなくて。それに中級魔法でも一回だけじゃ治癒できないから何度も何度もやって、何度も何度も魔力切れを起こして、何度も何度も値段の高い魔力回復のポーションを使ったんですから」


 アメリアさんはヤレヤレ、といった表情をしている。


「なんか、すみません。けどいま俺にそんな額は払えないんですよね、本当に。どうにかできませんか?」


「うーん……」


 アメリアさんは少し考えて。


「じゃあ、ひと月に五万ラックずつなら払えますか? それを五年間続ければ返済できますよ?」


 ひと月に五万か……。

 皮肉にも詐欺商品だった香水と同じ金額。

 しかしそれなら、生活費を削って何か副業を始めればいけるか……?

 いや無理だな。

 ただ、今はこの選択しかなさそうだ。


「とりあえずそれでお願いします……」


「分かりました。では名前と住所を教えてもらっていいですか」


「はい」


 副業、なにをすっかな……。


 それから俺は名前と住所をアメリアさんに教えてその場を後にし、トボトボと魔道具店兼家に向かった。

 

 そして家に着くと色々な感情が込み上げてきて。

 その場に座り込むと涙がポロポロと出てきた。


 店は潰れかけてて、香水は詐欺。

 治癒代に三百万ラックもかかって……もうおしまいだ。


 正直、ひと月に五万すらかなり厳しい状況なんだ。

 店を手放すしか払えない、そういう状況。


「ごめん、親父。店はもう無理そうだ」


 情けない、悔しい、自分に腹が立つ。

 騙された俺が悪いんだよな。

 

 もう、あのクソババアに対する怒りすらわいてこない。

 とも思ったが、めちゃくちゃ腹が立つわマジで。


「あのクソババア本当に覚えておけよ……」


 そうクソババアに立腹していたその時。


「んっ――」


 体の違和感に気付いた。


「なんだ……この感じ……」


 思えば治癒士の所にいた時からだ、いつもと違うこの体の感覚。

 緊張していたからじゃない。これは明らかに今までと違う。


 何かが体の中全身をめぐるような、不思議な感じ。


「まさか、あの治癒士に変な魔法でもかけられたのか? もしくは傷を中途半端に治されたとか何か……いや、待てよ。これってもしかして――」


 ふと、一つの考えが頭に浮かんだ俺は急いで店のどこかにあるはずの鉱石こうせきを探した。

 その魔鉱石とはズバリ、触ると光る魔鉱石だ。


 それは文字通り触ると光る魔鉱石で、触る人によって光る色が変わる。

 それらの原因は魔力が関係しているといわれ、よく魔力占いなんかにも使われるが。


 俺は生まれつき魔力がなかったから、触っても光ることはなかった。


「ここら辺にあったはず……」


 俺はガサゴソと、カウンターの裏側を必死に探す。


「うーん、ここに置いたと思うんだけど……あ、あった」


 古びた小さな箱。

 俺はそれを手に取り、中身を確認した。

 中には、触ると光る魔鉱石が一個だけ入っていた。


「あとはこれを触るだけだな……」


 俺の考えが正しければ、これを触ると光るはず。

 もし光れば、俺の体には魔力が存在する事になるが――。


「そ、そんなまさかな?」


 半信半疑にそう呟いた俺は、その魔鉱石に右手で触れた。

 すると、魔鉱石は紫色に光り輝きだした。


「はっはははは、ははははは……」


 俺はその結果に笑いしか出なかった。


 どうやら、俺はいつの間にか魔力を手に入れたそうです。

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