「私は故人から遺言を預かって参りました」
お爺様が亡くなってから、
お爺様に育てられていた私だけは、そのお屋敷に残ることを許されたのであります。
豪華なお屋敷に一人──でも、とても生活は豊かなものとは言えませんでした。
使わない部屋もあり、家財道具には布が掛けられていましたが、それでも手入れをする人を失った部屋の中にはどんどん
これは、私一人でどうこうできる問題でもありません。部屋ばかり広くても、料理を作ることすら困難な私は明日食べる物の心配すらしなければならなかったのです。
そんな生活の最中、誰かがコンコンとお屋敷を訪ねて参りました。
私は突然の訪問者に困惑したものであります。
紳士はニカリと人の良さそうな笑顔を浮かべて私に言いました。
「私は故人から遺言を預かって参りました」
そこから、事態は急展開したのであります。
すぐに親戚一同に手紙が回され、お爺さんの屋敷に人々が集められました。
みんなの目の前で遺言を開封することが、習わしのようであります。その為に紳士は、色々と手を回してくれました。
紳士からは「
──ある程度の期間が設けられ、この日、集まった親戚たちの前で遺言書の開示が
紳士は持参してきた小型の手持ち金庫を開けると、中から一つ封筒を取り出しました。
「これが、故人から預かった遺言書でございます」
紳士が封筒を見せると親族たちから「おおっ!」という歓声が上がりました。
誰もこれまでその存在を知らなかった遺言書です。
親族たちの驚きようは半端なものではありませんでした。
「故人から預かった当時のままで御座います。ご確認下さい」
そう言いながら紳士は、親族たちに封書を回していきました。無論、すり替えなどが起こらないように目を光らせた状態でそれは行われました。
私の手にも、その封書は回って参りました。
確かに、その封筒には蝋でしっかりと封印がしてあって誰かが先に開けたような形跡はありません。
みんなの確認が済むと、最後には紳士の元へとその封筒は手渡されました。
「それでは、
紳士はペーパーナイフを手に持ち、ペコリと頭を下げました。そして封筒の封を切ると、中から遺言書と思われる白い紙を取り出しました。
「それでは、故人の残した遺言書をご一読させて頂きます」
親族たちはゴクリと
メモとペンを構える人やボイスレコーダーを向ける人など──誰しもがその内容を聞き
それ程までに、みんなは数千億円ともいわれているお爺様の遺産が欲しいのでしょう。
──私などはてんで興味がありませんでしたから話半分に、手の中でテディベアの人形を動かして遊んでおりました。
コホンと紳士は一つ咳払いをしますと、みんなに聞こえるような大きな声でお爺様の遺言書を読み始めました──。
「『私の資産を誰にも譲るつもりはない。特に、これを聞いている悪しき者たちから誰かを名指しして、一人に相続させることなどせぬ。私の全ては、極秘裏に開発した地下迷宮の奥底に封印させて貰った。欲しければ自分で取って来るが良い。勿論、それが出来ればの話したがな。恐らくそれは命懸けの覚悟が必要になるだろう。手足を失ってしまうかもしれない。それでも良いという覚悟があるのなら、私の敷地からそれを探し当てれば良い。それを成し遂げた人間が全てを奪い去ろうとも、それに文句を言うつもりはない。私の遺産全てはその英雄に託すとしよう』」
──それが、お爺様の遺言書の内容でした。
紳士がそれを読み終えた後、しばらく誰も言葉を発することはできませんでした。
親族一同は呆気に取られ、その遺言書の意味を理解するのに時間を要しました。
やがて遺言書の内容に激怒した親族たちから声が上がりました。
「隠したって、どういうことよ!? 私達は遺産を貰えないの?」
「ふざけるな! そんな話があるか! 地下迷宮とは何なんだ!」
親族たちは紳士に詰め寄り、疑問を口にしました。遺言書に書かれた内容の詳細を知りたかったのでありましょう。
ところが、紳士は首を横に振るばかりであります。
「私はあくまで、故人から遺言書を預かったに過ぎません。その内容の詳細までは伝えられておりませんし、私もこの場で初めて遺言書の内容を見ましたので……」
紳士は最もなことを言いましたが、遺産を欲してこの場に集まった人たちからすれば不十分な回答であったようです。
「無責任な!」
罪なき紳士に八つ当たりをしたり、
一方で、そんな無益な争いには参加せず頭を働かせている者たちもおりました。
『遺産を見付け出した人が全てを手にする』と遺言書には書かれておりました。要は、早い者勝ちの遺産探しが開幕されるということであります。
この場に居る誰しもがライバルになるのです。
こんなところで
相談や談笑する人は居ませんでした。誰も肉親のことを信用してはおらず、それぞれ宝探しを始めることにしたようであります。
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