「 折角、貰えるっていうんだから、貰っといた方が得じゃねーか!」

 そんな調子で、カールの家には続々と訪問者がやって来ました。

 資産家であるお爺様の死は大々的に報じられ、遺産の件もすぐ様世界に拡散されたようです。浅ましい人間たちが押し寄せるようになりました。

 何度もインターホンが鳴らされ扉をノックされましたが、その度にカールは怒鳴り声を上げて訪問者たちを追い返していました。

 誰も彼も、お爺様の遺産が目当てなのでしょう。


「うるせぇ! 二度と来るんじゃねぇ!」

 カールはまたやって来た訪問者を蹴り飛ばして追い返すと、乱暴に扉を閉めました。椅子にドカリと腰掛け、酒瓶に直接口をつけて飲んでいました。

 カールは髪を掻きむしり、苛立ったようになっていました。

 外に行っても言い寄られるだけなので外出はせず、こもりきりになったことがいっそうカールの精神を沈ませる原因となっているのでしょう。


 憂鬱ゆううつそうなカールに、私は掛けてやる言葉も思い付きませんでした。陰ながらそっと、カールが元気を取り戻してくれるのを祈るばかりでありました。


 私の視線に気が付いたカールは手を振りました。

「昔の飲み友達だよ。弁護士でかなりの人格者だったんだがなぁ……。……金は人の心を変え、関係も壊しちまうみたいだ」

 皮肉を交えつつ自嘲気味にカールは呟きます。

 そして、景気付けのつもりなのか、新しい酒瓶の蓋を外してそれに付けたのでありました。

 ハハッと笑い、カールは肩を竦めました。

「どいつもこいつも……じいさんの遺産に群がるどうしようもねぇ魑魅魍魎ちみもうりょうばかりだぜ!」

 ウンザリしたようにカールは言うと、次に視線を私へと向けて来ました。


「お前はどうなんだい? じいさんの遺産を探すのか?」

 どこかカールは悲しげでありました。

 そう問われて、私は首を傾げてしまいました。


 確かに、私は遺産相続の渦中におりました。ですが、カールに改めてそう聞かれるまでは遺産をどうするかなんて考えてもおりませんでした。


「……分からないわ」

 私は俯いて、素直な自分の気持ちを答えました。

 お爺様が残した膨大な遺産──それは凄いものではありましたが、果たして私にとって価値のあるものといえるのでしょうか。

 正直、このまま日常を過ごしていても、私にはなんの不便もありませんでした。

 ですが、お爺様の意思を汲むのであればきっとそれは探し出してあげた方が良いものなのでありましょう。

 そんな気持ちも、どことなく芽生えておりました。


 しかし、日頃カールがボヤいている姿を何度も目の当たりにしていたせいもあってか、何だかそれが悪いことであるかのようにも思えてなりませんでした。


──お金は人を変えてしまう。

 もしかしたら、私も既にお金の魔力で変えられてしまっているのかもしれません。


「かぁああぁぁあっ!」

 私が考え込んでいると、突如とつじょカールが大声を上げました。私は驚いてカールに目を向けました。

勿体もったい無いな! 折角せっかく、貰えるっていうんだから、貰っといた方が得じゃねーか! 俺なら貰えるもんは貰っちまうぜ」

 呆れたようにカールが言ってきたので、私は目を丸くしてしまいます。

「……でも、カールはそれが嫌なんでしょう?」

「いいや、そんなことはねぇさ!」

 私が恐る恐る尋ねると、カールは首を横に振ります。

「関係のない奴らが善人面して、遺産目当てに近付いてくるのが気に食わないだけさ。別に、親族の誰かが個人の意思に従って遺産を探すっていうのは悪いことじゃないだろう? その権利があるんだから。見付けて手にしようともそれをうらやむこともしねぇさ。なんせ……」

 カールはそこまで言うとハッとなり、自ら言葉を切ったのです。そして、酒瓶に口をつけて言葉を飲み込んだのでありました。

「どうしたの?」

 何やら意味深な態度に、私は思わず首を傾げてしまいました。


 カールは「いや……」と肩を竦めると、椅子の背もたれに体重を預けて座りました。

「俺は……身のたけに合ったこの暮らしに満足しているから、別にそれ以上は何も求めちゃいないよ。家の広さも丁度いいし、欲しい物を買えるだけの金も一応はある。高望みなんてしない。誰にも縛られず飲みたい時に飲んで遊びたい時に外に出る……そんな暮らしで十分なんだ」

 そうカールが自分の心情を語り始めたので、私は首を傾げたものであります。

「なら……カールは遺産がいらないってこと? それを探さそうとはしないの?」

 私の疑問の声に、カールは黙ってしまいました。


 そして、しばらく考えた後──「いいや」と首を左右に振るいました。

「言ったはずだぜ? 貰える物は貰う、ってな! 折角、じいさんが俺らの為に置いてくれた遺産なんだ。見付けてやらねぇのは、じいさんに悪いじゃねーか!」

 グイッとカールはお酒を飲み干しました。


──確かに、そんな考えもあるのかもしれません。お爺様は遺産を見付けてくれるのを──誰かがそれを手にすることを望んでいるのかもしれません。

 それが──お爺様の本当の意思なのでしょう。

 だから、遺産を隠して誰かに見付けさせるなんて手の込んだことをしたのでしょう。

 遺産なんてどうでも良いと思っていた私も、カールの言葉で少し心が動いたものであります。


「ねぇ、カール……」

 私はカールに顔を向けました。


「……ぐぉおおぉおぉっ!」


 ですが、大きなイビキが耳に入って来て私は目を丸くしてしまいました。

 色々あって、気が立っていたのかもしれません。私と二人きりになって安心したのでしょうか──。

 無防備に大口を開いてヨダレを垂らしておりました。


 私は思わず吹き出しそうになってしまうのを抑えて、カールの膝に寝室から持って来た毛布を掛けてやりました。

「……おやすみなさい……」

 カールを起こさないように小さな声でそう言うと、私は部屋から出て行ったのでありました。

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