「だから、俺も力を貸してやろうと思ってね」

 カールの家は、メキシコの郊外こうがいにある荒野の上にありました。お世辞にも豪華とは言えないような普通の一軒家で、暮らす分には不自由がないというだけの造りでありました。

 そんなカールの家の二階の部屋をてがわれた私は、荷物を運んで身支度をしていました。


 来客があったようで、カールはその応対をずっとしていました。にぎやかな笑い声が私の部屋まで届いてきます。どうやら二人はお酒を飲み交わしているようでありました。

 私は呆れてしまいます。

 お爺様の遺言を聞いて帰ってすぐ飲酒など──まぁ、人の好き好きですから文句を言うつもりはありませんが、何だか複雑な気持ちになっていました。




 ◇◇◇




「悪いねぇ、急に押しかけたりして」

「いいや、構わないさ」

 メキシカンハットを被ったちょびひげの男が申し訳なさそうな顔をすると、カールは手を振りました。そして、グラスに入ったお酒をグビッと飲んだのです。


「しかし、お前が飲みに来るなんて随分と久しいなぁ。俺の素行そこうが気に食わないとかで、距離を取ってたんじゃないのか?」

「いやいや、そんなつもりはないさ!」

 カールに睨まれると、メキシカンハットの男はハハハッと苦笑いを浮かべてお酒のびんに口をつけました。


「いやね。風の噂で聞いたんだよ。お前も辛い時だってさ。だから、俺で良ければ協力してやろうと思ってね……」

「協力だぁ?」

「あぁ……」

 メキシカンハットの男はそこで言葉を切ると周囲を見回しました。誰も聞き耳を立てていないことを確認すると、声をひそめて言ったものであります。

「遺産の話って奴だよ。聞いた話じゃ、見付けた奴に遺産を渡すって話じゃないか。だから、俺も力を貸してやろうと思ってね」

「……そうかい」

 カールは溜め息をつくと一気に酒瓶を飲み干しました。そして、空になったグラスをテーブルの上に置きました。

「狙いは、じいさんの遺産って訳か……」


 カールが機嫌をそこねたと見て、メキシカンハットの男は慌ててそれを否定しました。

「いやいや、そうじゃないよ! あくまでも、俺はお前のことを心配してだね……そう、協力してやろうって言ってるんだ。俺は弁護士だし頭も切れる。何か情報をくれれば力になれると思うんだ……」

「協力者は必要ない。帰れ」

「そんなことを言わないでくれよ! 俺とお前との仲じゃないか。何か少しでも情報をくれよ。取り分は九対一でも構わないから……」

 まるで懇願こんがんでもするかのように、メキシカンハットの男はカールに擦り寄ってきたものであります。


「帰れっ!」

 カールはそれを一喝いっかつすると、平手打ちをしてメキシカンハットの男をハッ倒しました。


「なぁ! 情報だけでもいいんだ! くれよ。遺産はどこにあるんだ!?」

「失せやがれ!」

 カールはメキシカンハットの男の衣服を掴んで引きると、ドアまで連れて行きました。

 それでもメキシカンハットの男は食い下がらず、「なぁ!? 一つだけ。一つだけでいいんだ!」としつこく聞いてきたので仕方なく、カールは男をドアの外へと蹴り飛ばしてやりました。

 地面に転げたメキシカンハットの男が起き上がる前に、カールは乱暴に扉を閉めると、ガチャリと鍵を掛けたのでありました。


 そして、ドアに張り付いて立つと、カールは息を吐きました。

「……悪い奴じゃなかったんだがな……。さようならだ……」

 誰ともなしにつぶやくと、カールはテーブルに戻って酒に口を付けたのでありました。

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