宴のあとのような寂しさが屋敷の中に漂っていました。

 その後も、紳士は親族たちに声を掛けて回っていました。お爺様は用意周到よういしゅうとうに、何通も遺言書を多くの人に遺されていたようであります。

 その一つ一つの内容は私には分かりませんでしたが、自分宛ての遺言書を見た親族たちはそれぞれ一喜一憂いっきいちゆうしておりました。


 紳士は長い時間を掛けて遺言を伝えて回ると、フゥと息を吐いて額の汗を拭いました。そして、コートやバッグを手に取って帰り支度を始めたのでありました。


「故人の遺言は全てお伝え致しました。これにて、私は失礼致します」

 ペコリと紳士は頭を下げました。

「お疲れ様でした。ありがとうございました」

 私も、この大変な役割をまっとうした紳士に頭を下げて見送りました。


 それで、遺言書のお披露目ひろめはお開きとなりました。

 親族たちは挨拶もおろそかに、続々とお爺様のお屋敷から去っていきました。

 あんなにも多くの親族たちが集まってにぎわいを見せていたのに、みんなが帰ってしまうとうたげのあとのようなさびしさが屋敷の中に漂っていました。


 残されたのは、私とカールです。

 カールは気を取り直してといったように、パチンッと手を叩きました。

「よし、それじゃあ、俺達もじいさんの遺産を探しに行こうぜ!」

 私は呆れてしまいました。

 親戚たちの中にも屋敷を出て、すぐに遺産の捜索に向かった者も当然居るでしょう。

 しかし、故人をとむらうべき遺言書が公表されたすぐ後に、気持ちを切り替えて次の行動に移れるわけがないのです。


 本当にこのカールという男は──無神経というか不躾ぶしつけというか──大雑把おおざっぱな人柄が前面に現れていました。

 悪い人ではないのでしょう。

 ただ、私はカールのそんな発言が可笑しくなって、ついつい笑ってしまったのでありました。

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