「私は嬢ちゃんじゃないわ。名前はエリザベスよ」

「嬢ちゃんの勇気は分かったよ。それ以上はやる必要はねぇ」

 どういう風の吹き回しかは分かりませんが、カールは険しい顔をして私の行動を諌めてきました。

 それを要求してきたのはカール自身なのでありますから、私はムッとして彼を睨み返しました。


「俺も急に、じいさんに変なことを押し付けられちまったって、可笑おかしくなってたみたいだ。……すまねぇな、嬢ちゃんを不快な気持ちにさせちまって。それに、こんなことまで……」

 カールはまるで人が変わったかのように大人しく意気消沈し、私に頭を下げてきたのです。


「あ、いえ……」

 カールの急な変わりように私は困惑してしまいました。


 私は羽織った上着の中で脱いだ衣服を着直きなおしました。


 その間に、カールは紳士に手を差し出していました。

「爺さんの、嬢ちゃんに関する遺言っていうのを見せて貰えないか?」

 困った様に、紳士が私の顔を見て来ました。


──彼は大丈夫そうです。

 私は頷いて返しました。


「ええ、勿論もちろんですとも」

 紳士は笑みを浮かべ、便箋をカールに手渡しました。

「相続人が、その遺言内容を把握していないというのも不可解ですからね」


 カールは紳士から受け取った便箋を持って歩くと、階段に腰掛けてそれを読み始めました。

 その遺言書の一文字一文字を理解していくようにじっくりと、カールは長いこと便箋に目を向けていました。


 ずいぶんと真剣な表情のカールを私はただじっと見詰め、顔を上げるのを待ちました。こうなっては、すべてをカールにゆだねるしかありません。

 私の将来はカールの決断に左右されてしまうのでありますから。


──しばらくすると、ようやくカールも心が決まったようであります。顔を上げたカールは、真剣な眼差しで私に目を向けてきました。

「待たせたな、嬢ちゃん……」

 そう言葉を口にしたカールの表情は晴れやかでありました。


 私は首を横に振りました。

──何を選んでも、私はカールを責める気などありませんでした。

「いいえ。それに、私は嬢ちゃんじゃないわ。名前はエリザベスよ」

 今は亡き母から貰った大事な名前があるのです。

「そうかい、エリー。そいつはすまなかったな」

 カールは自身の頭をきました。

 そして、片手を私の前に差し出してきたのです。

「俺の名前はカールだ。……これから、よろしく頼むよ」

──それが、どうやらカールの答えであったようであります。


 私は差し出されたカールの手をジーッと見詰めました。確かに、それはお爺様の遺言なのですが──私の心は何処どこにあるのでしょう。

 お爺様は一人になった私を心配し、このカールという男性なら大丈夫であろうと世話役に任命したのだと思います。


 でも、私は──。


 今後、これまで存在すら知らなかったカールという男性と一緒に暮らし、家族と同等の生活をしていかなければならないということであります。

 本当に、それで良いのでしょうか──。


 私はカールの顔を見詰めました。

 カールは私がそうであったように、手を差し出したまま私の反応を待っておりました。


 私は──。

 私は──どうすれば良いのでありましょうか。


 グルグルと、頭の中を色々な考えが巡りました。いくら考えても答えなど出るはずがありません。


 頭を抱え私が決断を下すのを、カールはただ黙って待っていてくれました。


 私は──。


 差し出されたその手を、私はしっかりと握り返しました。


 カールは少し驚いた顔になりましたが、ニコリと笑みを返してくれました。

 初めは嫌な奴とも思ったカールでしたが、突然に押し付けられて気が動転していたのでありましょう。

 それっきり、私に対する不愉快な態度はピタリとなくなったのでありました。

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