クロノスタシス
御角
クロノスタシス
恋とは何だろう? 愛とは何が違うのか、友達や家族に対する気持ちとどう違うのか、それが私にはわからない。
わからないまま、小学生のまま、私は
幽霊になったきっかけは本当にしょうもないものだった。同級生が止めるのも聞かず勝手に学校の屋上へ出て、勝手に遊んで、気がついたら勝手に落ちてこのザマだ。自業自得。
それでも両親や先生、同級生達は私のために泣いてくれた。それが余計に辛くて、声も涙も出ないまま私も一緒になって泣いた。
あれからもう二十年、
皮肉なもので、当時の親友とも呼べるほど仲の良かった友達は誰一人として私のことなど気にも留めていない。それが普通なのだ。
誰もが二十年と言う
でもあの男の子、
やってくる度に、彼はどんどん背が伸びて、声もいつの間にか低くなって、それでも優しくて泣き虫なところは昔と全然変わらなかった。
どうしてここまでしてくれるんだろう。彼は何も悪くないのに。彼はもう、前に進んでいいはずなのに。
そう思って彼に
知らず知らずのうちにいつしか、私は来る日も来る日も彼が訪れるのを待ち
『ねぇお母さん、恋ってなあに?』
『んー? それはねぇ……。今のソラにはちょっとだけ早いかもしれないね』
『えー、いいじゃん! 教えてよ、減るもんじゃないんだし』
『そうねぇ……。例えばソラに好きな人が出来たとするでしょ? 気がついたらその人のことを一日中考えて、夜も眠れなくて、ずっと心がドキドキして苦しい……。でも、考えるのを止めることは出来ないの。それが恋、かな』
『苦しいの? だったら私、恋したくないなぁ……』
『そうね、ずっと苦しいかもしれない。でもそれ以上に温かくて、笑顔になれて、幸せで尊い。恋って大切なものなのよ。良いことも悪いことも含めて、ね』
『うーん、よくわかんないなぁ……。美樹ちゃんとかお母さんに対する気持ちとは違うの?』
『ソラは友達やママのことを考えるとドキドキする?』
『……よくわかんない』
『いいのよ、今はそれでいいの。いつか、大人になったらあなたにもわかる日が来るわ』
『なにそれ、ズルい!』
——ピピッ。
ふと気がつくと辺りは明るく、朝日が
結局、私は大人にはなれなかった。母に聞いた恋の答えは、もう一生わからないままだ。その事実を久しぶりに
もしかしたら恋の苦しみも案外こんな感じなのかもしれない。私は無理矢理そう納得して、心を落ち着けることしか出来なかった。
目覚めた後、辺りを見渡すと今日も
その色が視界に入った時、何か
——ガラッ。
扉を開けるような音がして、彼が急に目の前に現れた。どうやらついさっきここに来たばかりだったようだ。
瞬間、自分の
どうしよう、これではまるで夢に見た恋そのものだ。もしかして私は彼に、私のことをいつまでも覚えていてくれる彼に恋をしてしまったのだろうか?
決して実ることもなく、誰にも理解されない、叶わぬ恋。もしも、この気持ちがそうならば、私はこれからどうやって過ごしていけばいいのか。まさか永遠に苦しみ続けるしかないのか。
こんなことなら、お母さんに失恋した時の対処法も聞いておけばよかった。最初から、恋なんて知らないまま落ちてしまえばよかった。
何だか両手が熱い。彼の声が聞こえる度に、全身の血が体の
ついには、私の視界は完全に
「——なぁ、クロノスタシスって、知ってるか?」
「……」
「そっか、小学生の頃のままなら知ってるわけないか。ごめん……」
「クロノスタシスっていうのはさ、アナログ時計があるだろ? あれの秒針、一番細いあの針をじっと見ていると時々その秒針が止まって見える、そういう現象のことなんだ」
「でも時計が
「……俺はさ、あの時からずっと、後悔しっぱなしなんだ。覚えてるか? お前が屋上に行った理由」
「星だよ。俺が望遠鏡持ってるって言ったらお前、貸してってしつこくて。仕方なくちょうど持ってた双眼鏡を渡したら高いところで見るって聞かなくてさ……。まさか本当に夜の学校に忍び込んで屋上に行くとは思ってなかったんだ」
「あの時さ、ちゃんと止めてれば、それか双眼鏡を貸さなきゃ、こんなことにはなってなかったのかなって、そう毎日思ってた。いつまで
「俺達の時間は、あの時止まった。今もずっと止まってる」
「でも、それは錯覚なのかもしれない。止まったと思ってるのは俺達だけで、本当は
「——だから俺は医者になった。お前を、お前と俺の時間を、もう一度動かすために」
白衣を着た圭人は、目の前で横たわるソラの頭にいくつもの
両親も一緒に、祈るような目で彼女を見守っていた。父は彼女の右手を、母は彼女の左手を強く握りしめ、必死に呼びかけ続ける。
彼女が夢から覚めることを、この場の誰もが望んでいた。
ピピッ。
血圧と心拍数の
「……う、うーん」
視界が真っ白に染まる。二十年ぶりの日の光が、私の
「ソラ? ——ソラ!? 嘘、信じられない……!」
段々と
「……う……あ」
一体何が起こったのか、どうして光が眩しくて、更に両親が泣いているのか、聞きたいことは色々あったがどれも言葉にはならなかった。
「目が、覚めたか」
聞きなれた低い声、いつもお見舞いに来てくれた圭人君だ。私が想像していたよりも背は低いしスーツも着ていないけれど、それでも優しくて、泣き虫で。
「……ほら、俺の言った通り。錯覚だった」
そう涙声で語る彼は最高に格好良かった。
ピピッ。
血圧と心拍数がまた上昇する。ドキドキして、苦しくて、でも彼が側にいることが幸せでたまらない。私を抱きしめて泣きじゃくる彼がどうしようもなく愛しい。そうか、これが……。
「け……く、ん」
「ん? どうした」
まだ言葉で伝えるにはリハビリが足りないから。まだ誰にも、あなたにも、この気持ちは言えないから。
「ん」
私はそっと、彼の
クロノスタシス 御角 @3kad0
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