第9話

「みんな聞いてくれ。話を整理していこう。第一の殺人は佐藤は何者かから首を絞めて殺された。それは吉川線が首筋があったから確実に言えることだ。それに第二の事件で遠藤が首が切断された状態で見つかったことからも今回の一連の事件は明らかに何者かの手によって行われているということが言えるだろう。決して亡霊の仕業なんかじゃない。私達と同じ、血の通った人間の手による犯行だ。そして犯人は多分、口封じのために俺達全員を殺害しようとその機を伺っているに違いない」


「そんなの嘘よ!!」


 鈴木が泣き叫ぶ。


「鈴木、落ち着いてくれ。こういう時に冷静にならなければ犯人の思う壺だ。樋口、鈴木のことを介抱してやれ」


「わ、わかりました」


 過呼吸になった鈴木の側に寄り、背中を擦りながら深く深呼吸をするように促す樋口の様子を見て、胸を撫で下ろした神庭はさらに話を続ける。


「佐藤の部屋から音がした時間帯、みんなにはアリバイがあるんだ。あの時間、みんな誰一人自分の部屋から出ていなかったからね。けど現実的に考えると今、屋敷の中には私達以外の人間が隠れているとは考えにくい」


「まさか……部長は俺らの中に犯人がいるっていうんですか?」


 血の気の引いた真っ青な顔をした樋口が震える声を絞り出して神庭に小さな声で問いただすと神庭は静かに首を縦に振った。


 誰もがその可能性が真っ先に頭に浮かんだ。けども考えたくはなかったはずだ。ワンダーフォーゲル部の中に人の皮を被った殺人鬼がいるなんてそんな恐ろしいことは。


「恐らく第二の事件では犯人は何らかのトリックを使って犯行時刻を私達に誤認させたのではないだろうかと私は思っている」


「トリックですか?」


「第二の事件現場には濡れたタオルと割れたコップがあった。状況から察するに音の原因は割れたコップになる。しかし音がした時、鈴木君が言うにはそれ以降は隣からドアを開ける音も物が割れた音以外は何一つ聞こえなかったそうじゃないか。ということは”コップが割れた瞬間、部屋の中には既に誰もいなかった”そう考えるのが自然だろ?」


 神庭以外の全員が顔を見合せていた。部屋の中に誰もいないのにどうしてコップが机の上から落下するのかとでも言いたげな表情を皆が浮かべている。神庭はそれを過敏に感じ取り、すこし勿体ぶるように間を開けてから説明を続ける。


「トリックの内容はこうだ。冷凍庫で凍らせておいたタオルをダイニングテーブルとと椅子の背もたれの間にまるで橋を架けるように敷いて、その上にコップを置くというもの。こうすることで凍ったタオルは時間が経つにつれて少しずつ溶けていき最終的にコップは床の上に落ちて、パリンと割れるというわけさ」


 武田が手を挙げた。


「ちょっと待ってください。仮にそうだとしても、犯人はどうしてわざわざ佐藤の部屋で犯行を?それに凶器となった斧と2人の首はどこにいったんですか?」


「隣が鈴木の部屋だからだ。女性である鈴木は男性よりも入浴時間が長いはずと推測した犯人は誰にも気づかれず、かつ焦らず比較的安全に犯行に及ぶことができるできる可能性の高い佐藤の部屋を第二の犯行現場にすることした。そして犯人は鈴木が入浴している間に佐藤の部屋に遠藤を呼びつけ、佐藤と同様に絞殺。殺害後に首を斧で切断したんだ。」


 鈴木が『首を切断』という単語に過敏に反応し、再び悲鳴を上げたが神庭はそれを無視した。


「遠藤の返り血を浴びてしまった犯人はその場で着替えを行い、先ほどの仕掛けを施す。その後、犯人は凶器に使った血まみれの斧と2人の生首を窓から屋敷の外へ放り投げ、部屋に鍵をかけて佐藤の服のポケットに鍵を戻しに行く。その際、先ほど佐藤の死体近くに投げた斧も同時に回収し、生首も人目のつかない場所に向かって放り投げる。私が佐藤の部屋の鍵を取りに行った時、あれだけの猛吹雪の中で佐藤の死体が雪で埋もれていなかったのは、先に犯人が雪の中に埋もれていた佐藤の死体を既にこの時に掘り起こしていたからだ」


「なるほど……それが密室トリックの正体という訳ですね」


 樋口が感嘆の息を漏らす。


「しかしここで犯人にとって想定外の出来事が起きた。犯人が仕掛けた密室トリックは検証が不十分だったんだ。だから凍ったタオルの上に置かれたコップは犯人が想定していた時間よりも早く溶け、第三の犯行に及ぶ前に床に落ちコップが割れてしまった。犯人は焦ったはずさ。これでは遠藤の首を切断した意味がなくなってしまうとね。そう。私達の推理を撹乱させるために犯人にはどうしても首の無い死体が2体必要だったんだよ。既に自分が死んでいると私たちに思わせるためにね」



 誰かがごくりと生唾を飲んだ。神庭は圧倒的推理力をもってこの空間を支配している。もう誰も神庭の主張に異を唱える者はいない。犯人は神庭の言う通りこのワンダーフォーゲル部の中にいるのだ。


「犯人が三人目のターゲットに選んでいたのは恐らく樋口だろう。犯人は樋口を風呂場に誘い込んで、そこで遠藤同様に首を切断する予定だった。きっと樋口と成り代わるつもりだったんだろうな。なんせ樋口と犯人の背丈はまるで双子のように同じなのだからな。第二の事件で遠藤の首を切断したのは私達に成り代わりを気取られないようにするためにわざと同じ方法で殺したのだとすると……」


「密室トリックは犯人が次の犯行に及ぶための時間稼ぎとアリバイ作り……」


 樋口がポツリと言葉を漏らす。


「そう。そして犯人は樋口と一緒に更衣室に来た後、忘れ物をしたから先に風呂に入るよう伝え樋口の行動を誘導する。そして犯人は更衣室から立ち去り、廊下の洋箪笥にあらかじめ隠しておいた斧を手に戻って入浴中の樋口を殺害。その後、洗濯籠に置かれた樋口の衣服を着てその場を立ち去る。こうすることで全ての疑いの目は既に死んでいるはずの樋口に向けられるというわけさ」


 そこで神庭は一度深く息を吐いた。そして震える指先で今回の事件の犯人を指さす。


「犯人は武田。お前なのか?」

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