メフィストフェレスの嘲笑 

七里田発泡

第1話

 ミステリー小説 『メフィストフェレスの嘲笑』


 登場人物


 神庭隆文 ワンダーフォーゲル部部長4期生。


 武田明人 ワンダーフォーゲル部1期生。


 遠藤健介 ワンダーフォーゲル部3期生。


 佐藤信康 ワンダーフォーゲル部1期生。


 樋口圭太 ワンダーフォーゲル部2期生。


 鈴木美佐子 ワンダーフォーゲル部1期生。


 渡部洋三 ワンダーフォーゲル部OBの資産家。屋敷の管理人。



 ------------------


 ※ 1人目の死者。


「死んでるの……か……」


 武田は猛烈な吹雪と風に見舞われた白銀の世界の中で"それ"を見つめていた。


 白く降り積もった雪に埋もれているのは紛れもなく佐藤本人で、横には薪割り用の斧が横たわっている。彼は微動だにせず既に事切れているように武田の目には映った。こちらの問いかけに答えることもなく降り積もる雪の中でじっと身体を沈めたままのその異様な姿を見れば誰の目にもこの光景が異常であることは自明の理であろう。


 かつて自分の同期で同じサークルの仲間としてこれまで苦楽を共にしきたはずの身内が死体になっている。その可能性を現実として受け止めるためには武田にはもっと多くの時間が必要だった。


 寒さからなのかそれとも恐怖からなのか分からない全身の震えに武田は茫然自失とその場に立ち尽くすことしかできなかった。彼の生死を確かめようとしないのは、彼が生きているか既に死んでいるのか、それを確定させるのは自分の役目ではないはずだと信じたかったからにほかならない。


(冗談じゃない……クソッ)


 いち早く部長にこのことを報告したほうが良い。それからのことは、また後で考えればいいのだ。武田は自分の心にそう折り合いをつけると、降り積もった雪に足を取られながら急いで屋敷へ引き返していった。


 冷たく凍り付いていく佐藤を1人、残したまま……


 ####


 深い山奥にひっそりと佇んでいる屋敷はワンダーフォーゲル部OBであり資産家であり好事家でもある渡部洋三が廃墟と化した山小屋を買い取り整地し、その跡地に新たに別荘として建設したものだった。


 しかし当のオーナーである渡部洋三はここ数年、多忙極まる仕事の日々に忙殺され、いつの間にかこの屋敷を訪れることはめっきり無くなってしまった。


 ただの宝の持ち腐れとなるには惜しいと思ったためか渡部は大学在学時、自分が所属していたワンダーフォーゲル部の学生らに親切心から別荘を貸し出すようになった。以来、ワンダーフォーゲル部の部員らは毎年、冬化粧の山に登ってはオーナー所有の山荘に宿泊し、そこからみることのできる素晴らしい羨望景観を楽しむことが恒例行事となっている。


 ホテルのような玄関ポーチを抜けると気品漂うエントランスホールが客人を出迎えてくれる。ホールの正面に向かって右手には2階へ続く階段と食堂、左手には大広間があり、階下にはお手洗いや浴室へと続く廊下が真っ直ぐ北の方角へと伸びている。2階には来客をもてなすための個室が用意されており、俯瞰図を見れば2回の間取りは恐らくカタカナの”コ”のような形となっているだろう。


 部屋割りについては今回の参加メンバーの紅一点である鈴木の意見を優先することになった。彼女はコで言うところの、下部の先端。つまり最奥の部屋を選んだ。男性陣の誰かがお手洗いや所要の度に自分の部屋の前をうろつかれるのが嫌なのだそうだ。女性のプライバシーを考えれば彼女が突き当りの部屋を選ぶのは当然といえば当然である。


 残りの部屋については男性陣の間で話し合いを行い、東の角部屋が部長の神庭、折れて左を進んだ廊下の突き当りが1期生の武田。3期生の遠藤と樋口の個室は階段から向かって左から順に西の方角に連なって、その先の角部屋が1期生の佐藤、そして1番階段から奥まった部屋が1期生の鈴木の順になった。



 ※ 二階間取り図

 線は廊下を表現しています。       


   武田  神庭

   ―――――|

        |---階段--

        │

      遠藤|

        │

      樋口|

        │

   ―――――|

   鈴木  佐藤




 廊下にはいかにも高級そうな調度品の数々が並び、印象派の絵画が壁に掲げられ、年季の入った洋箪笥に時計台などが通路を隔てることがないようにきっちりと端に寄せられ洋館の雰囲気を作る一翼いちよくを担っている。


「おい。樋口あちこちベタベタ素手で触るんじゃないぞ」


 神庭部長が釘を刺そうとした時には、既に部員の中でも人一倍に好奇心の強い樋口は既に廊下の入口付近に置かれたひと際、目立つ洋箪笥を勝手に開けており、何か目新しいものがないかどうか中身をちょうど改めてしまっているところだった。


「あっ、あのー。つい、どうしても気になってしまってですね。こんなに大きい箪笥なら1人分くらいの身体は十分収まるなぁって……」


 樋口は頬をひきつらせながら苦笑いを浮かべ、神庭の顔色を伺った。


「もしその箪笥がとんでもないくらい高価なものだったら、どうするんだお前。弁償できるのか?」


 部長からの詰問に血を一気に抜かれたような青ざめることになった樋口は、大丈夫ですよね?とみっともなく情けない声を上げた。


 OB所有の山荘に宿泊するからといって特別に何かする予定もなく、ワンダーフォーゲル部の面々は、各々が広い館内で自由な時間を過ごした。



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