第2話

 廊下の照明電球は昨年同様、既に切れてしまっているため明かりは点灯しなかった。絵画や花瓶などの美しい調度品も、薄暗い闇に覆い隠されてしまうことで色味を奪われ、本来の美しさを損なわれてしまっている。


 階段のすぐ下に廊下があるという建築の構造上、天井に吊り下げられた豪華絢爛なシャンデリアの明かりは廊下までほとんど差し込まれることはなく、浴場へと続く闇を携えた廊下は不気味でどこか近寄り難い印象を部員らに与えていた。


 ケータイの電波が届かないという不便な点はあるが学生の身分でお屋敷を全館貸し切りでそれも無料で1日に過ごすことができるなどという話はそうそうにないだろう。


 だからこそこの日をワンダーフォーゲル部らの面々は心待ちにしていたというのに、いよいよと迎えた日にまさか死人が出るとは誰が想像できただろうか。運命はまるで彼らのことを嘲笑うかのように無慈悲で残酷な現実を突き付け、彼らを追い詰める。


「部長。外に出るのは危険です。」


 2期生の樋口が神庭を必死で呼び止める。この猛吹雪の中に外に出るのは命を投げ出すのに等しい行為だ。今朝、出発前に口酸っぱくそう言っていた本人がまさにその行動を取ろうとしていた。


 理性を失い冷静な判断を下せないパニックの状態で外に足を踏み入れることは自殺行為に等しく、遭難者がまた新たに1人増えてしまいかねない。


「武田も佐藤も私の見ていないところで勝手な行動ばかりして!!」


「部長だって同じことをしようとしていますよ。お願いですからじっとしてください。これ以上、不安にさせないでくださいよ」


「……くっ。くそ。」


 3期生の遠藤の正論に反論することもできず神庭は苛立ち、そしてうなだれることしかできなかった。広い館内であるがために佐藤の姿がいなくなっていること誰もが気がつくことはなく一期生の武田だけがすぐに異変に気が付いた。


そして彼もまた佐藤を探すためにこの猛吹雪の洋館から無断で外に飛び出した。それがもう30分以上も前のことになる。とても落ち着いていられる状況ではなかった。


 ちょうどその時。観音開きの玄関ドアに体当たりをするようにして武田が屋敷の中へ転がり込んできた。ブラウン色を基調に設計されているロビーに集まったワンダーフォーゲル部、全員の背筋に緊張が走る。佐藤を探しに行ったはずの武田だが彼1人だけこの場に帰ってきた。それが意味することはただ1つだけだった。全員が息を呑んだ。


「佐藤は……見つからなかったのか?」


 神庭の額からは珠のような脂汗が浮かびあがり、それはこめかみから顎先へと伝っていく。


「いいえ……見つけました……見つけましたけど……と、とにかく来てください。佐藤が倒れてるんです!もしかしたらし、し、死んでるかもしれません!」


 息を切らしながら途切れ途切れに興奮して話す彼の様子を見て、それが嘘偽りでないことを確信する。しかしこの場にいる全員が今しがた耳にした内容を上手く飲みこみ切れずにいるようだった。

 

 ワンダーフォーゲル部で1番、陽気なムードメーカーの樋口までもが嘘だろと思わず口を漏らした。水面に放たれた石が作り出した小さな波紋が大きい波へと転じていくように。先ほどまでの静寂は混乱と、どよめきに変貌し、自分たちの預かりしないところで途轍もないことが起きていることを彼らはようやく強く実感するのだった。


「場所はどこだ!!」


「屋敷から5分くらいのところです!とにかくはやく来てください!」


 武田の悲痛な訴えに突き動かされるように神庭は屋敷を飛び出した。


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