第3話
「そんな。嘘だろ……」
佐藤は既に息をしておらず、心臓の鼓動も既に止まっていた。今の今まで何とか冷静に振る舞うことができたのは凄惨な現場を己の目で実際に見ていなかったからだ。
死体が横たわっている。そんな現実を無慈悲に突き付けられて動揺しないわけがなかった。目の前の現状を飲みこむことができず、しばし2人が茫然と立ち尽くしていると、
「け……警察。そうだ警察ですよ!」
と武田が声を震わせながら叫んだ。
「無理だ……さっき見た時、全員ケータイは圏外だっただろ?」
「今からでも電波の届くところまで下山すれば……」
「不可能だ。これまで何度も教えてきたはずだぞ。吹雪の中を無闇やたらに動くのは自殺行為だと。それにもう夜が近い。夜の山はお前が思っている以上に危険なんだ」
「じゃあいったいどうすればいいんですか!」
「今はどうすることもできない……とりあえず夜が明けるのを待つしかない」
警察がやって来るまでの間、現場を可能な限り維持する必要があるため2人は、佐藤の遺体をこのまま放置することになった。目の前の遺体に見て見ぬふりをするような不快感は神庭の胸の内に、より一層暗い影を落とすことになった。
神庭は佐藤の身体の上に堆積していく雪を忌々しいものを見るような眼で睨みつける。佐藤の視界を覆い、体温を奪い、そして命までも奪い去ったこの雪は死神そのものだ。
山の気候は変動しやすいため決して侮ってはいけない。悪条件が揃えば僅か3時間と短い間であっても低体温症によって心肺機能が停止してしまい死に至ることもある。まだ一期生である部員は登山の経験が足りていない素人だと分かっていたはずなのにどうしてあの時の自分は部員らに目を光らせていなかったのだろうか。
自分の至らなさを情けなく思い、神庭は下唇を噛みしめる。吹雪に閉ざされた銀世界の中で悲しみだけがしんしんと雪の様に降り積もっていった。
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