第6話
夜の雪山をたった1人で神庭は歩いていた。当然、吹雪は吹いていない。ふと空を見上げると数時間前までの鉛色の空と同じ空とは思えないほどの突き抜けたような美しい満天の星に彩られた夜空が広がってる。
(なんだってこんな美しい夜空が見れる日に死人が出るんだ。)
佐藤が生きていたら今頃はみんなで夜空を見上げてワイワイとどうでもいい話に花を咲かせていたことだろう。
(確かこの辺だったな。)
神庭は手に持ったライトで辺りを照らしながら雪を踏みしめて歩く。月明りのおかげで周囲は見渡しやすいが、あれから時間が経過しているため佐藤の身体は雪でほとんど埋もれているだろう。細かいところまでライトで照らさなければ恐らく死体は見つからない。
(いた。)
あれから5時間以上も経っているというのに佐藤の死体は雪で完全に埋もれていなかった。視界が雪に遮られてために先ほどまでは気が付かなかったが死体の傍には小さな薪がいくつか転がっていた。恐らく暖炉にくべるための薪が欲しかったのだろう。その鮮やかな切り口を見ていると佐藤が汗を流しながら斧で倒木を割っている光景が浮かび、神庭はすこし涙ぐむ。服の上に積もった雪を少し払いのけてポケットなどをまさぐり、部屋の鍵を見つけ取り出す。
そこで神庭はおかしな点に気づいた。佐藤は薪を採取するために外に出た。だとすると木を切り倒すための斧はいったいどこにあるのだろう。
少なくとも佐藤の周辺にはそのようなモノは見当たらなかった。遭難した際に全て邪魔になりそうな荷物はどこかへ放り出してしまったとでも言うのだろうか。
もしも。もしも今回の佐藤の死が事故ではなく何者かの手によるものであるとしたらと考える。佐藤の死体に手持ちのライトを恐る恐る当てる。他殺であるはずがないと願いながら。しかし、そんな神庭の切なる願いは虚しくも天には届かなかった。
死体の首筋に俗にいう『吉川線』と呼ばれる引っ搔き傷があった。これは犯人からヒモや腕などで背後から首を絞められた際に苦しみ喘いだ時に佐藤は自分の首の皮膚に爪を立てたことによってついた引っ搔き傷のことを言う。
かつて火曜の夜にテレビ放映されていたサスペンスドラマのワンシーンでこの『吉川線』について触れられていた回があったことを神庭は思い出した。
(いったい誰が……)
覚束ない足取りで神庭は元来た道を引き返していく。凶器を隠し持つ犯人が今もなお洋館のどこに隠れ潜んでいるのかもしれないと思うと気が気ではなかった。
鈴木が言っていたように何らかの方法を使って2階の佐藤の部屋の窓から侵入した犯人がまず遠藤を殺し、そして自分が戻った時には既にワンダーフォーゲル部全員を殺害してしまっていたら……。
悪夢のような妄想が神庭の脳を侵食し始める。彼の頭上には相変わらず煌びやかな運河が燦燦と輝き、冷え冷えとした青白く光る満月が空に浮かんでいた。
####
屋敷に戻った神庭の蒼褪めた顔を見て、一同は外で何かしらがあったことを察した。そして神庭が次に口にした一言で皆は唖然とすることになった。
「もしかしたら部屋の中で遠藤は死んでいるのかもしれない」
「どういうことですか?説明してくださいよ。外で何があったんですか?」
樋口が神庭に問い詰めてくる。
「佐藤は誰かに殺された。首に傷跡があったんだ。」
それを聞いた鈴木はその場でしゃがみこみ耳を劈くような甲高い叫び声を上げた。
神庭は痛ましい彼女の姿に思わず目を瞑った。こんな話を彼女に聞かせたくはなかった。しかし嘘をついて彼女を安心させても事実が覆るわけもない。
遅かれ早かれ自分たちを取り巻いている残酷な現実に直面してしまうのならば最初から何もかも明らかにした方が良い。偽りの安寧を与え、後からそれを取り上げることの方が彼女にとって精神的負担が大きくなると考えた上で神庭は事実を口にした。
「武田。鈴木を部屋の中まで連れて行ってやれ。樋口。中には犯人がまだ隠れ潜んでいるかもしれない。それでも一緒に来てもらえるか?」
樋口は緊張した面持ちで何も言わず静かに首を縦に振った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます