第8話

 ※ 推理


 首無し遺体の発見から1時間後。ワンダーフォーゲル部の面々は大広間に集まっていた。屋敷のどこかに遠藤と佐藤を殺した凶悪な殺人鬼が潜んでいるかもしれない。


 だとするとこうして1つの場所に皆で固まっていれば犯人は下手に誰かを殺すことはできないはず。これが今の自分達にできる最善手であると彼らは思った。


 神庭と樋口の2人はどうにか冷静さを取り戻しつつあるもその表情は硬く強張っている。鈴木は泣き止むことなく、武田は沈痛な表情を浮かべていた。


 神庭にはこのワンダーフォーゲル部の中に犯人がいるとは思えなかった。屋敷のどこかしらに佐藤が落とした斧を手に持つ犯人が隠れ潜んでいて、犯行に及ぶ隙ができるのはじっとどこからか見ているのだと。そう思いたかった。


「亡霊の仕業だわ」


 鈴木は泣き腫らした顔で唐突にそう言った。


「以前、部長が言っていたこの屋敷ができる前の山小屋の話。確か登山者4人全員が何者かに殺されて死んだんでしょ?そんな土地をこれ幸いと安く買い上げたのがOBの渡部さん。ふふふ。そんなの死人から祟られるに決まってるわ。この土地は遭難者の亡霊の呪いが渦巻く土地なのよ。あと2人死ねばその時と同じ4人が死ぬことになるわ。あと2人死ぬ。あと2人、この中からね。あははっ」


「馬鹿なことを言うな。そんなのただのオカルト雑誌のでまかせだろ。そうですよね?部長?」


 樋口が心配そうな顔つきで部長に聞いた。


「ああ。そうだ。あんなのでたらめだ」


 亡霊の仕業だったらどれだけいいだろうか。神庭は疑いの目を部員に向けたくなかった。しかしそう甘いことはいつまでも言っていられない。犯人はこの中にいる。それは間違いなかった。


 神庭はこのままだと明日の朝まで自分たちが生きていられる保証はないと危機感を募らせていた。明日の朝、自分たちがこの屋敷を出立する時刻まで全員、何事もなく無傷のままだというのはただの楽観的な思い込み過ぎない。

 

犯人がなりふり構わず遅いかかってくることは十分に考えられた。犯人は自分以外の人間を全員を殺した後、ゆっくり時間を掛けて死体を山に埋めるなどの入念な後処理を施した後に下山する。


警察には吹雪による視界不良のため遭難してしまったと最もらしい説明をして、あとは捜索が打ち切りとなるまで死体が捜査隊の目から逃れるのを祈っていればいい。


「鈴木。隣から物音が聞こえた後、ドアの開閉音や廊下を誰かが歩く音はしたか?」


「しませんでした。壁に耳をあてて、隣の部屋から他に物音がしないかしばらく聞いていましたが他には何も聞いていません」


「だとするとこれは明らかに密室殺人だな」


「あの窓から飛び降りたというのは考えられないでしょうか?下は新雪ですし、もしかしたら……」


「それはあり得ない。私達が室内に突入した時には窓は完全に締め切られていた」


 武田の推理を神庭はぴしゃりと否定した。


「私達を呼びつけたのは、その物音が聞こえてどれくらい経過してからだ?」


「正確には覚えていません。確か5分くらいだったと思います」


 僅か5分間の間で窓から飛び降り、誰にも気づかれず屋敷の中に戻るのは不可能に近い。仮に少林拳法の使い手である武田が犯人だと仮定してみる。いくら彼が運動神経が抜群で、なおかつ地面に降り積もった雪が柔らかな新雪だったとしても窓の外から飛び降りて無傷でいられるわけがない。


冷静さを失わず常識と事実を照らし合わせながら推理を深めていく。


 負傷した足で屋敷の裏手から玄関まで回り込み2階の自室に5分以内に戻るのは難しい。さらに言うと2階へと続く階段は1つしかなく、必ず神庭の部屋の前を横切らないと自室には辿り着くことは不可能だ。


 その時間帯に神庭はちょうど荷物整理をしていた。彼の性格上、部屋の前をドタバタと誰かが駆ける音が聞こえたら部長として「あまり、浮かれすぎるなよ」と注意しに行くだろう。


それが無かったということはその時間帯は2階の廊下を走ってはいなかったということになる。隣の武田の部屋のドアが開く音さえも神庭は耳にした覚えが無かったことから窓から犯人が逃げ出したという線はない。


「樋口は階段下の廊下にいたよな?何か変なことはなかったか?」


「武田を脅かしてやろうと物陰に隠れていただけだったので特には何も……」


 頭の中でパズルのピースを埋める作業をしながら神庭は並行して聞き込み調査を行う。どこかに消えた斧。死体となった佐藤の首筋についた『吉川線』、首のない死体。床に散らばった割れたコップと雑誌と濡れたタオル。椅子とダイニングテーブル。そして冷蔵庫。


神庭の灰色の脳細胞がある1つの推理を紡ぎ始めた。


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