第11話

「何ですかこれ?」


 それが部長が執筆したミステリー小説の原稿を読んだ率直な俺の感想だった。

 ミステリー研究部が文学フリマに作品を出展するという話を聞きつけ謎の対抗意識を燃やしはじめた部長はこの作品を執筆するのに1週間掛けたらしい。


 作品のタイトルは『メフィストフェレスの嘲笑』


 やれゲーテだとかダンテだとかプルーストとかその辺の古典的作品を意識したタイトルをつける部長の品性の低さや浅はかなスノビズムが鼻につくというのがこの作品に対する俺の率直な所感だった。


「最近ミステリー界隈ではイヤなミステリー小説、『イヤミス』なるものが流行っているそうじゃないか。そこで私もトレンドに乗って世の中に大きく打って出ようと思ってね」


「それでよりにもよって俺が犯人役ですか……ていうかそもそも俺を勝手に部長の作品に登場させないでくださいよ」


「だって登場人物の名前っていちいち考えるのダルくないか?」


「あのですね。人の名前を勝手に使うのは流石にデリカシーが無さすぎますよ。そのうち訴えられますよマジで」


「相変わらず武田君はケチで器が小さい男だなぁ。だから君は女性からモテないのだよ。しょうがない。私が君の今後のためを思ってモテる男の3箇条を特別に教えてあげよう。目配り・気配り・心配り。これができれば明日から武田君もモテ男の仲間入りだ。どうだい? 嬉しいだろ? 嬉しいならもっと嬉しそうな顔をするがいい。ほらニチャァって笑え」


 殴り殺してやろうかな? 先輩だけど。


 「それでどうだった?感想はそれで終わりか?」


 俺はしばらくうーんと唸って、


「何かよく分からないまま唐突に終わったので、何これ?っていうのが今の俺の率直な感想ですね。いろいろと粗も目立ちますし」


「ほう。言ってみろ」


「本当に何から突っ込めばいいのか分からないほどいろいろありますけど例えば第三の事件の推理のくだり。第三の事件が起きた時点で生存者は部長と鈴木の2人なのに、首を刎ねて成り代わりを画策するなんてそんなややこしいことする必要あるんですか?いくら鈴木に恐怖を与えるためとは言っても、こんなリスクの高い方法は取らないでしょ。それに犯人は樋口を殺した後、一気に2人を襲うことも容易だったはずでは? なんせ相手は2人とも丸腰なわけですし」


「うぅむ……」


 部長は面を食らった顔をしていた。ロクにプロットを組まず勢いに身を任せて執筆していたのだろう。気が付かなかった盲点を突かれ困っているのが手に取るように俺には分かった。


「というか作中の鈴木さんの扱い酷くないですか?」


「だってあいつ部長である私の事を馬鹿にするから……憂さ晴らしで」


 あっ、終わってるわ。コイツ。


「トリックのとこも床に落ちただけで果たしてガラスのコップが割れるかどうか……と、それはひとまず置いといて……部長はこの終わり方で満足してらっしゃるんですか?部長は曲がりなりにもオカルト研究部の部長ですよね?このままだと出来の悪い素人の書いたミステリー小説の枠内に留まってしまいますよ」


 動揺する部長の姿を見て俺の中で悪戯心がむくむくと肥大していったので、ちょっと焚きつけるようなことを言ってみる。


「……確かにそうだな。とはいえ全部書きなおすのは面倒だ。なので結末だけ書き直すことにしよう。大衆に媚びるのは作家としてのプライドを捨てること同じだ。君の言う通りやはり自分の個性は大事にせねばな」

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