第6話 フィオリーナの想い
「やぁ、皆。久しぶり」
僕は有機アンドロイド製造施設の中央制御室の扉をくぐりながら、わざと陽気な声を出した。
ここは関係者以外立ち入り禁止の区間だが僕には関係ない。
何故かって?
それは、この施設を作ったのが僕本人だから。
「丸子さん、ご無事でしたか」
「よぉ、ロッシュ。元気そうだな」
「・・・丸子さん。良かったですぅ・・・グスッ」
沢山の人達が僕を出迎えてくれた。
中には涙ぐんでる女の子もいる。
その誰もが僕を歓迎してくれているのが伝わってくる。
「皆、心配をかけて済まなかった」
僕は深々と頭を下げた。
そして。
「フィオリーナの修復、ありがとう」
そう言って頭を上げた。
「丸子さん、水臭いっすよ」
「俺達はなにもしてねぇよ。あの子は自分で修復しちまったからな」
「・・・うぅ。・・・丸子さぁん!」
涙ぐんでた女の子は僕に飛びついて来た。
「うわっと。君はいつもオーバーリアクションなんだよ!」
制御室内に笑い声が響く。
そんな雰囲気の中で僕は「帰って来たんだ」と実感する事が出来た。
帰って来れる場所があると言う事は良いものだ。僕はその有り難さをかみしめていた。
他の2つのIPOの組織と同じように、この「中東アラブ連合」での有機アンドロイド製造施設にも若いスタッフが多い。
皆、僕が面接をしたり親父の企業グループから引き抜いて来たメンバーばかりだから。
僕はメンバーを選ぶに当たっては、能力は勿論だが頭の柔軟性や協調性を重視した。
能力はとても高いのだが自分の価値観を他人に強要したり、頭の固い人達は除外した。新しい組織を出来るだけ早く起ち上げる為にはチームワークが必要なのだ。
中には問題児っぽい子も居るのだが。これは僕の好みで決めさせて貰った
だから、この有機アンドロイド製造施設内には階級は無い。
他の部署との会議には必ず僕か僕が認めた人しか出席しない。
僕はこの施設を誰でも意見が言える風通しの良い施設にしたかった。勿論、他人と接する時の最低限のマナーは守って貰う。
「フィオリーナの具合はどうだった?」
この施設内では実質的なNo2に当たるアメディオと言う黒人系の青年が語りかけてくる。
「機能的には完璧だよ。自己修復機能はちゃんと作動したんだな」
「あぁ。あれほど完璧に修復するとは思わなかった。やはりお前は天才だよ」
その朴訥な語り口からは素直に目の前の事実を受け入れている事が判る。
「その、天才ってのはよせよ。ただメモリーがな・・・」
「・・・やはり、お前の記憶は無いのか?」
僕は黙ってうなづいた。
「・・・そうか。あのブラックボックスの中身に問題があるんじゃ無いか?」
「ブラックボックスを開けたのか!」
僕は驚いたようにアメディオに詰め寄った。
「まさか」
アメディオは苦笑混じりの顔になった。
「あの子でも無理だったんだぜ。俺達に出来る訳ないだろ」
そう言ってアメディオはさっき僕に飛びついて来た女の子を指さした。
あの子は凄腕のハッカーなのだ。12歳の時にIPOのメインである量子コンピューターの中枢部分に入り込む程の。
ハッキングは彼女にとってはゲームみたいなもので悪用したりとかの犯罪性は持ってはいない。しかし、違法である事は間違いない。有罪刑に処される所を僕が裏から手を回して助け出したのだ。彼女の存在は公式にはIPOには存在しない事になっている。
「俺が思うには」
アメディオが口を開く。
「あの時、ここへ運ばれて来たフィオリーナの損傷はかなり酷いものだった。俺達は口には出さなかったが「これはもうダメかも」と思ったんだ。取りあえず通常の有機アンドロイドの修復施設に入れて様子を見る事にした。彼女はお前個人が造り上げたモノだ。俺達が下手に何かをすべきじゃ無い、ってな」
「それは賢明な判断だったな。それで?」
僕はアメディオに話しを続けるよう促した。
「フィオリーナは自分で自分をスリープ状態にしたんだな。安全だと判断できる場所に着くまで。修復施設に入れて数時間後に彼女の再起動が確認された。その後の事は医療施設の権藤先生に聞いたよな?」
「あぁ。フィオリーナの自己修復機能は正常に作動したそうだな」
アメディオは僕を見ながら「やれやれ」と言う感じで首を振った。
「全く。自己修復機能を持つ有機アンドロイドなんて、お前はとんでもないモノを造り上げたんだな。まぁ、それは良い。俺達は彼女が自己修復して行く過程を観察しながらデータも取らせて貰った。これは問題ないよな?」
アメディオは確認するように聞いて来た。
「問題ない。僕は隠し事をするつもりは無い」
「それなら」
アメディオは単刀直入に聞いてくる。
「フィオリーナの中にある、あのブラックボックスは何なんだ? あれは俺達への隠し事じゃ無いのか?」
アメディオは少し口調を和らげた。
「別にお前を非難してる訳じゃ無いんだ。フィオリーナはお前がプライベートで造った実験体である事は理解している。科学者が実験している内容を全て公開しろ、とは思わない。俺達には理解できない内容もあるだうしな。ただ」
「ただ?」
僕はアメディオの、彼の率直な意見を聞いておきたかった。
「あのブラックボックスがフィオリーナの自律型AIと上手く連動していないんじゃないのか? と思ってな。それで彼女の記憶、いや記録からお前の情報がブラックボックスの中から出て来ないんじゃないのか? と思ったんだ」
「・・・正解だ。サスガだな」
僕はアメディオの推論に満足して頷いた。
「君にはあのブラックボックスの中身について話しておいた方が良さそうだな。ただ、君が信用できると思った人物以外にはあまり口外はしないで欲しい」
僕の言葉にアメディオは少し眉を吊り上げながら答える。
「俺はそんなに口が軽い男じゃないぜ」と。
僕の口元に笑みが浮かぶ。
「そうだな。・・・あのブラックボックスの中身はフィオリーナの自我、感情、独自の思考、この3つだ。いずれも僕が開発した独自のAIだ」
「・・・なるほどな。確かに有機アンドロイドが自我を持って独自の思考を持つ事には抵抗を覚えるヤツもいるかも知れないな」
僕はもう1つ付け加える。
「実は僕自身もあのブラックボックスには介入できないんだ。自己防衛システムも組み込んであるからな」
「なんだと!」
アメディオが少し大きな声を出す。
「お前、もし彼女が暴走したら」
「だから、フィオリーナには自己停止機能も付けてある。勿論、外部から強制的に停止させる事も可能だ」
アメディオは僕の返答に小さな声で呟いた。
「・・・自殺する事ができる機械か。全く、お前ってヤツは」
「自己停止機能は僕が考え出したモノじゃない。
アメディオは何かを言おうとしたが辞めて、かわりに大きなため息をついた。
「それで、これからフィオリーナの事はどうするんだ。彼女には色々な機能を付けてあるみたいだが」
「うーん。しばらくは権藤に面倒を見て貰おうと思ってる。フィオリーナにはアンドロイド工学より人間と同じ心療医療の方が適している」
アメディオは納得したのかしないのか判らない複雑な表情をしていたが、諦めたように別の話題を持ち出した。
「例のフィオリーナがへし折った暴走寸前だった核融合炉だがな」
「原因が判ったのか?」
アメディオは両手を組みながら言った。
「フィオリーナが持ち帰ってくれたモノからT(トリチウム)が検出された」
「そりゃ微小とは言え核融合反応が起きたんだ。Tが検出されるのは当たり前だろ?」
「それがな」
アメディオは声を潜めて言った。
「Tは核融合反応を起こしていないDの中から検出されたんだ」
「なんだって!」
思わず大きな声を出してしまった僕は自分の口を押える。
「・・・と言う事は最初からDの中にTが混入していた可能性もあるな。単なるミスだと思いたいが。そうなると親父の企業グループが量産している超小型核融合炉にも欠陥品があるって言う事だ。今度、親父に言っておくよ。品質管理をもっと徹底しろってな。ただし」
「ただし?」
アメディオは訝し気に聞いてくる。
「ここにある超小型核融合は僕が出荷前に持ち出したものだ。IPOでも超小型核融合炉の品質管理はもっと厳格にしないといけないな」
「あぁ、そう願いたいね」
そう言うとアメディオは言うべき事は全て言った、と言う感じで自分の仕事に戻って言った。
「丸子さぁん!」
僕とアメディオの会話が終わるのを待っていたように、さっきアメディオが指さした凄腕ハッカーの少女が飛びついて来た。
「メグ、君にも心配かけたね」
このメグと言う少女は実年齢は15歳なのだがどう見ても小学生にしか見えない。
先ほども説明したように彼女は12歳の時にIPOの量子コンピューターへのハッキングを成功させてしまった。それで実刑判決を受ける前に僕が助け出して保護している。正確に言えば
彼女はその見た目とは裏腹に精神年齢は実年齢より遥かに上だ。
それで僕は完成したフィオリーナの自我と感情と思考能力の育成を彼女に依頼した。メグはちゃんとした一般良識も持っているので、今のフィオリーナの人格は僕とメグが協力して育成したものだ。フィオリーナにとっては心を許せる親友のような存在なのだろう。
「そんな事は良いんだけどぉ」
メグは思案気に僕を見つめる。
「フィオリーナちゃんはやっぱり丸子さんの事は思い出せないんだね?」
「うん、残念ながらね。記憶の断片はあるみたいだけど」
メグは僕の目を真っ直ぐに見つめた。
「アタシが思うに。フィオリーナちゃんはスリープ状態になる時に丸子さんの記憶にプロテクトを掛けたと思うんだ」
「プロテクト? 何のために?」
そんな僕にメグは「判ってないなぁ」と言う顔をする。
「決まってるでしょ。再起動をした時に丸子さんの記憶だけは決して忘れないようにする為だよ。その時のプロテクトが強すぎてその影響がまだ残ってるんじゃないかなぁ」
「でも、なんで僕の記憶だけ?」
そんな僕を見てメグはため息をつく。
「丸子さん、フィオリーナちゃんの乙女心を全く判ってない」
「お、乙女心?」
メグは「そうだよ」と畳み掛けてくる。
「フィオリーナちゃんにとって丸子さんはかけがえのない大切な存在。それがフィオリーナちゃんの1番重要な「想い」なのよ!」
つづく
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