第11話 フィオリーナのブラックボックス




「そんな事は無いよ」



僕は優しく脳内でフィオリーナに語りかける。



「初代と君とは全く別の人格だ。初代は君のように感情が豊かでは無かった」



「・・・それなら、どうしてロッシュさんはあたしを初代とそっくりの容姿にしたのですか?」



フィオリーナの思考は悲嘆ひたんしているように感じられた。



「初代を造った曽祖父ひいじいちゃんに敬意を込めて。後はいて言えば郷愁きょうしゅうかな?」



「・・・郷愁? ・・・ノスタルジーの事ですか?」



よし。

フィオリーナの思考が少し落ち着いてきたぞ。


「そんな所かな? 初代は僕にとっては大切な思い出。それに対して君は現在の僕にとって大切な存在、って事だよ」


「・・・あたしがロッシュさんの大切な存在」


フィオリーナの思考が恥じ入るように変化してきた。


「そうだよ。勿論、実験体としてなんかじゃ無い。初代にヤキモチを焼いている君はとても可愛らしいよ」


「なっ!あ、あたしは・・・ヤ、ヤキモチなんて焼いてません!」


フィオリーナの思考は困惑と羞恥の入り交じったモノになった。

おそらくフィオリーナの顔は真っ赤になっているだろう。

そう想像しながら僕はとても微笑ましい気持ちになった。


「・・・あ、あの」


しばらくの沈黙の後、フィオリーナの思考がおずおずと僕の脳内に響く。


「何だい?」


「・・・そ、その。取り乱してしまい申し訳ありませんでした、ロッシュさん」


最後の方は消え入りそうだった。


「いや、構わないよ。それよりも僕の事をロッシュさんと言ったね。ひょっとして」


「あ!」


フィオリーナの思考が驚いたモノになった。

やれやれ。

やっと気付いてくれたか。


「プロテクトされたメモリーが解除されたんだね?」


「はい!あたしの大切な気持ちが、大切な記憶が、大切な心が」


一気に勢いづいたフィオリーナの思考が中断した。

多分、自分の言葉に恥ずかしくなったのだろう。

僕はスルーしてあげる事にした。


「どうやって解除されたのか、君にも判らないだろうね」


「・・・はい。申し訳ありません」


まだ恥ずかしがっているのか、フィオリーナの思考は弱々よわよわしい。

僕はそんな彼女がとても可愛く愛らしく思えた。


「このテレパシーと何か関連してるのかも。AIの中に光りがあらわれた、って言ったね?」


「・・・はい。そうとしか表現出来ません。あの?」


フィオリーナの思考が不安そうなモノに変わる。


「あたしに何か異常が発生したのでしょうか? テレパシーなんて非科学的です」


「いや、そうとも限らない。現代科学が全てじゃ無い。科学は常に進化し続けているんだから」


僕はフィオリーナを安心させる為に優しく語りかける。


「僕はテレパシーと言う表現を使ったけど君は僕の海馬体や大脳皮質には介入して無いんだよね?」


「勿論です。大切なロッシュさんの脳なんですから」


僕はしばし考え込む。


このテレパシーは僕とフィオリーナだけとの間にしか発生しないのか? 僕以外の人間でも発生するものなのか?

その場合にフィオリーナはその人間の記憶や本人も気づいていない深層心理にまで入り込む事が出来るのか?

そもそも、このテレパシーとしか表現できない現象はフィオリーナが意図的に常時使えるモノなのか?


僕は考え込んでしまっていた。


「・・・あの、ロッシュさん?」


フィオリーナの不安そうな思考が入り込んでくる。


「あぁ、すまない。考え事に没頭してしまってた」


「・・・あたしはこれからどうしたら良いのでしょうか?」


そうだ。

1番不安なのはフィオリーナ自身なんだ。

僕はフィオリーナを元気づけようと明るい感じの思考を送る。


「君はこれまで通りに医療施設区間に居てくれれば良い。権藤に話はつけてある。大丈夫だよ、僕もメグも面会に行くから。僕は睡眠の続きをとるけど、その前に少しだけ君の自律型AIとブラックボックスの接続をカットして貰えないかな? それでこのテレパシーが無くなればまた明日、連絡するよ」


「判りました。あたしの事を大切に考えて下さってありがとうございます。ロッシュさんもメグさんも、あたしは大好きです」


フィオリーナの思考に元気が出て来たように感じられた。

それからしばらくすると僕の脳内からフィオリーナの思考は無くなった。

僕は睡眠の続きを取る事にした。




翌朝。


僕はスッキリとした目覚めをした。

これは僕には予想外の事だった。昨夜のフィオリーナとのテレパシーによる交信は僕の脳に負荷を掛けてはいなかったのだ。

それどころかフィオリーナの思考波が僕の脳内をリフレッシュしてくれたように感じられた。


今の時刻は午前8時。

僕はフィオリーナと通話しようかどうか迷っていた。


有機アンドロイドも人間の睡眠と似たような状態になる事は日課となっている。

このような状態を僕らは「スリープ」と呼称こしょうしている。これはAIを休める為のモノでは無い。核融合炉を安定した状態に保つ為と長く作動させる為に行われている。

1度、核融合反応が始まってしまえば稼働停止以外に核融合炉を止める事は出来ない。核融合炉内のD原子を全て使い切るまで核融合反応は続く。有機アンドロイドの内部には小型の全個体電池が内蔵されていて20日くらいは活動できる電力を蓄える事が出来る。電池内の電力が満タンになれば自律型AIが核融合反応を抑制する。一時的に融合反応するD原子の量を減らすのだ。これは太陽の活動が活発になったり鈍化したりするのと同じ原理だ。そして、電力保持の為にスリープを行ない同時に核融合炉が正常に稼働しているかどうか、有機アンドロイドが正常に稼働しているかどうかのチェックをする。自律型AIは人間で言えば、脳幹のうかんの役割を果たしている。


僕はフィオリーナと通話する事にした。

昨夜の彼女との脳内交信で確かめなければならない事もある。

僕が端末を操作すると浮かび上がったスクリーンにフィオリーナの花のような笑顔が僕を出迎えてくれた。


「おはようございます、ロッシュさん」


彼女の元気そうな肉声を聴いて僕はホッとする。


「おはよう、フィオリーナ。君の方は特に問題は無いみたいだね」


「はい。あの、ロッシュさんも大丈夫なんですね?」


フィオリーナも僕の肉声を聴けて嬉しそうだ。


「うん、僕はとてもスッキリとした目覚めだったよ。それで昨夜の脳内交信でちょっと確認したい事があるんだ」


「・・はい。何でしょうか?」


フィオリーナは少し不安気な声になる。


「昨夜、君の思考が僕の脳内に入って来た時なんだけど。君は僕が明確に会話として君に発信した事しか感知していないんだね?」


「はい。ですからロッシュさんの言葉が感知できない時は少し不安になりました」


僕は再度、確認する。


「つまり君は僕が何を考えているのか? 僕の心の中を感知する事は出来なかったんだね?」


「当たり前です!あたしは他人の心の中をのぞこうなんて思いません」


フィオリーナは少し声をあらげた。


「ゴメン、ゴメン。僕も君がそんな事をするとは思って無いよ。仮に出来たとしてもね」


「・・・それはロッシュさんが、あたしを信頼して下さっているって事ですよね?」


フィオリーナは少し赤面しながら言った。


「当然だよ。僕は純粋で人を思いやる心を持っている君を大切な存在だと思っている」


「あ、ありがとうございます。あたしはその言葉だけで充分です!」


僕は更に輝きを増したフィオリーナの笑顔で心の中が暖かくなるのを感じていた。



フィオリーナとの通話後、僕はメグとアメディオにメールを送った。

2人に僕の個人的なラボに来て貰って話をしたかったからだ。

メグは「いきなり?」と少しぶうたれていたが2人とも時間を合わせてくれた。そして、僕ら3人は僕のラボで話をする事になった。僕の個人的なラボは防音は勿論、あらゆる種類の電磁波も遮断するようになっている。つまり、僕ら以外には知られたく無い重要な話である、と2人は理解してくれたのだ。




「テレパシー! マジ?」


メグは持っていた超ブラックの缶コーヒーがこぼれんばかりの勢いで立ち上がる。


「・・・にわかには信じられない話だな」


それに対してアメディオは冷静に答える。

ここは僕の個人的なラボの中。

メールで決めた時間に2人は来てくれた。


「僕も断定は出来ないんだが」


僕は缶コーヒーを一口飲んでから話を続ける。


「だから、これから検証をして行かなければならない」


「ふーん。でもフィオリーナちゃんがプロテクトを解除できたのは良かったわ」


メグはそう言って嬉しそうに椅子に座る。

この子は素直にフィオリーナの記憶が戻った事を喜んでくれている。

それに対してアメディオはあくまでも冷静に事実を確認してくる。


「フィオリーナは確かにAIの中に光りが現れた、って言ったんだな? それがプロテクトの解除に繋がったのは確かだろう。しかし、現実的に考えてAIの中に光りが現れるなんて事は起こりうる事なのか?」


「これまでの事例では無かった事だな。ただ、フィオリーナに関しては過去の事例は当てはまらない」


僕の返答にアメディオは黙り込む。



「何か言いたそうだな」



僕はアメディオに問いかける。


アメディオの眼は鋭いモノになっている。


メグは「何? どう言う事?」という顔をしている。



「ここなら大丈夫だ。誰にも秘密はれない。君の意見を聞かせてくれ。大凡おおよその見当はついているが」



「それなら単刀直入に言わせて貰おう」




アメディオは落ち着いた口調でたずねてきた。



「フィオリーナのブラックボックスの中にはまだ俺達に話していない「何か」があるんじゃないのか?」



と。





つづく




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