第12話 4番目のAI
僕のラボの中に一瞬の静寂が流れる。
アメディオは鋭い目つきのままだ。
メグは「え? 何々?」と言う顔のまま。
そんな中で僕はゆっくりと喋り始める。
「アメディオ、君の言う通りだ。フィオリーナのブラックボックスの中には、まだ君らには話してないモノが組み込まれている」
そして、僕は2人に頭を下げる。
「君らに話していなかった事は申し訳なく思っている。いずれは話すつもりだったんだけど」
「・・・やっぱりな」
僕の答えにアメディオは少し顔を緩める。
「ちょっと!それって、どーいう事よ!」
逆にメグは声を荒げる。
「秘密、秘密って!丸子さんはアタシらを信用してないの?」
メグの眼には涙が
この子が怒るのは無理もない事だと思う。
ただ、僕にも事情と言うものがあるんだ。
「その辺にしておけ。前に話したかも知れんが科学者が自分の研究の全てを話す必要は無い。それが税金とかを使っているのなら話は別だが。その場合は全てを納税者に話す義務がある。しかし、ロッシュの場合はそうじゃ無い。この有機アンドロイド製造施設は彼の私財がかなりのウェイトを占めている。超小型核融合炉は全てロッシュの無償提供だしな」
アメディオが助け船を出してくれる。
「そーいう事を言ってるんじゃ無いの!・・・何かアタシが丸子さんに信用されてないみたいで」
メグは少し声が小さくなる。
「おいおい、お前だってロッシュに助けられたんだろ?」
「アメディオ、その話はするな。メグが何も言えなくなってしまうだろ」
僕はメグに優しく語りかける。
「メグ、僕は君を信用してるし信頼もしてる。特にフィオリーナに関しては。フィオリーナが素直で健全な人格を持ってくれたのは君のお陰だ。君には本当に感謝している」
僕はメグに再び頭を下げる。
メグは無言で
「それじゃ、そろそろ話してくれないか? 俺らに話していないブラックボックスに組み込んだモノの事を」
アメディオは落ち着いた口調で
メグも大人しくしている。
僕は2人に話し始めた。
「ブラックボックスの中に3つのAIが組み込まれているのは2人とも知っているよな? フィオリーナの自我、感情、独自の思考だ。そして」
僕は
「ブラックボックスの中には4番目のAIが組み込まれている」
2人は驚いた顔になった。
「なんだと!」
「何よ、ソレ!」
アメディオとメグが同時に声を上げる。
僕としては予想通りの反応だった。
アメディオとメグは顔を見合わせていたが、アメディオが口を開いた。
「・・・それで、その4番目のAIにはどんな機能を持たせてあるんだ?」
「何も持たせてはいない」
僕の答えに2人は呆気に取られたような顔になった。
そして、今度はメグが質問してきた。
「何も持たせてない、ってどーいう事よ!」
「言葉通りさ。この4番目のAIは他の3つのAIと連動はしてる。しかし、その中身は全くの白紙状態だ」
メグが更に食い下がる。
「それって、どーいう事よ。じゃあ、そのAIを何の為に使うのかは」
メグは言葉を切った。
「あぁ、それはフィオリーナ自身が決める事だ。使わない可能性もある」
「・・・そんな、そんな事って」
メグは黙り込んでしまう。
代わりにアメディオが口を開く。
「つまり、フィオリーナが全く未知のAIを持つ可能性があるって事か? お前が俺達に話さなかったのは、それが理由か?」
「あぁ、使わない可能性もあったからな。僕の計算では使わない可能性の方が高かった」
メグがぼそりと言った。
「・・・なんで、なんでそんなもの付けたのよ。それじゃあ、フィオリーナちゃんの自我が崩壊してしまうかも知れないのに」
「それは無い。既にフィオリーナの自我のAIは作動している。そのAIには干渉できないように設計してある」
メグが立ち上がって叫ぶように言う。
「その4番目のAIが丸子さんの計算を上回る未知なる力を持ったAIになってしまったら? 何が起きるかなんて誰にもわかんないわよ!」
「落ち着け、メグ。お前の言っている事は極論だ」
アメディオがメグを
「お前の率直な意見を聞かせてくれ。今のフィオリーナの状態に対して」
「精神状態は安定している。ただ」
僕はアメディオの問いに言葉を詰まらせる。
しかし、言葉を続ける。
「お前も言ってたよな? フィオリーナがAIの中に光りが現れるって言ってた事に、そんな事が起こりうるのか? って」
「・・・その光りが現れたAIが4番目のAIかも知れない、って事だな」
アメディオは両手を組んで黙り込んでしまう。
「あぁ、人間だってあるだろう? 何かを
ラボの中を沈黙が支配する。
その沈黙を破ったのはメグだった。
「丸子さんが何の意図も無しにフィオリーナちゃんにそんなものを組み込んだとは思えない。丸子さんの本音が聞きたい」
「・・・・・僕の本音? 」
今度は僕が黙り込んでしまう。
「・・・先の大戦で人類は50億の命を失った。ホモ・サピエンスは種としての限界を超えてしまったのかも知れない」
長い沈黙の後で僕は独り言のように話し始めた。
2人は黙って聞いている。
僕は話し続けた。
「僕は人では無い「何か」に人類を導いて欲しい、と思ったのかも知れない」
「ちょっと待ってよ!それをフィオリーナちゃんにやらせるつもりなの?」
メグがまた立ち上がって叫ぶ。
「・・・お前はフィオリーナを神か悪魔にしよう、と思ったのか」
アメディオが
「ちょっと待ってくれ!僕はそんな大それた事は考えてはいない」
僕は
「あくまでも可能性の話だ。フィオリーナにそんな事は望んでいない」
「じゃあ、フィオリーナちゃんは可能性の1つなの?」
メグが明らかに怪しい、と言う眼で僕を見ている。
「そうかも知れない。ただ、フィオリーナを実験の道具だなんて思ってないよ」
メグを
「確かに神だの悪魔だの、の言葉を使った俺は科学者とは言えないかも知れない。ただ、そこまでとは言わなくてもフィオリーナが未知の「何か」を持つ可能性はゼロでは無い。そうだな?」
「あぁ、ゼロとか100%なんて単語を
僕の答えにアメディオが低い声で
「だったらフィオリーナが人類の、いやこの惑星にとって危険な存在となったらどうする? その事までちゃんと考えているんだろうな?」
「勿論だ。その時は僕が命を
僕らの会話を聞いていたメグの顔が青ざめる。
「・・・ちょっと、2人とも何の話をしてんのよ!フィオリーナちゃんを稼働停止って」
僕はそんなメグに
「ゴメン、ゴメン。僕とアメディオはあくまでも可能性の話をしてるんだ。な、アメディオ?」
「あぁ、起きては欲しくない可能性だがな」
アメディオもメグの不安を
そう。僕とアメディオの会話はあくまで机上の空論なのだ。
しかし、その可能性はゼロとは言えない空論だが。
「それで? これからのフィオリーナに対するお前の計画を教えてくれ」
「計画ねぇ。そもそも爆発物処理室での核融合炉の暴走もフィオリーナが僕に関する記憶が思い出せなくなったのも、僕にとっては想定外なんだぜ? 僕が全てを計画してるような黒幕みたいな言い方は辞めてくれ」
僕の言い
「判ったよ。フィオリーナに関しては引き続き経過観察をする。これで良いのか?」
「いや、テレパシーに関しては検証をしなくてはならない。メグ」
いきなり名前を呼ばれたメグは面食らったようだ。
「な、何よ?」
「君の方の部署は今はかなり大変みたいだから、しばらくは時間を作るのは難しいよね?」
メグはツカツカと僕の方に歩み寄って来ると耳元で
「大変なんてモンじゃないわよ!ここ数日で過去に前例が無い程のハッキングを受けてるわ。アタシが的確な指示を出していなかったらどうなっていた事やら」
「わ、判ったよ。君には色々な意味で感謝してる。じゃあ、しばらくはフィオリーナに会いに行くのは難しいね」
喚かれた耳はキーンと耳鳴りを起こしている。
僕はその耳を押さえながらメグに確認する。
「まぁ、ハッキングのピークは今夜になりそうだから。今夜はアタシも徹夜になるだろうけど。そうね、来週には時間は作れると思う」
そう言って、やっとメグは笑顔を見せた。
数日後
僕とメグは医療施設区間に来ていた。
勿論、フィオリーナに会いに来る為だ。
僕らが医療施設区間に来た時には緊急の外科手術が入ったそうで、フィオリーナは看護婦として手術に立ち会って居るとの事だった。
僕とメグは休憩コーナーで待つ事にした。
しばらく待っていると看護婦姿のフィオリーナが姿を現した。
「フィオリーナちゃん、リアルで会うのはお久しぶり!」
「メグさん、お会いできて嬉しいです!」
2人はパタパタと駆け寄ると、しっかりと抱き合った。
やはり、どう見てもフィオリーナが保護者にしか見えないのだが。
僕も数日ぶりにリアルのフィオリーナを見た。
その白磁のような肌と透き通るような青い瞳。
メグと抱き合っているフィオリーナの輝くような笑顔は、僕には荒れ野に咲く可憐な花にしか見えなかった。
つづく
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