第13話 フィオリーナの力?



「でも、大変だったでしょ? 外科の手術なんて」



メグがフィオリーナをいたわるように言う。


それに対してフィオリーナは困ったような顔をする。


「いえ、あたしは見てただけですから」


「見てた、だけ?」


今度はメグが困惑したような顔になる。


「フィオリーナ、君は本当に見てただけなのか? その、何かを手伝うとか?」


僕もフィオリーナに尋ねる。


「いえ。権藤先生に「君はそこに居てくれれば良い」と言われましたので」


フィオリーナ自身にも自分が何故、手術に立ち会ったのか判らないようだった。

僕とメグは顔を見合わせる。

僕らにも訳が判らない。


「あの」


ここでフィオリーナが声を出す。


「今回の事は急に言われた事なんです。かなり重体の患者さんが運び込まれて。そしたら権藤先生に、あたしも手術室に来るように言われたんです」


フィオリーナはそう言って目を伏せる。


「丸子さん、これってどーいう事だと思う?」


「僕に聞かれても。あっ!」


僕は権藤の姿を発見した。

手術明け、だからだろうか少し疲れた顔をしている。

僕はメグに言った。


「権藤に聞いてみる。君らはガールズトークでもしててくれ」


そう言い残して僕は権藤に駆け寄る。


「お疲れ様。手術は成功したのか?」


「・・・ロッシュか。あぁ、患者は命をとりとめた。これもフィオリーナのお陰かも知れん」


「フィオリーナの? どう言う事だ」


権藤は僕の問いには答えず、疲れたように近くにあった椅子に座り込む。

そして、白衣から1本のタバコを取り出す。

彼はタバコの側面にある小さなスイッチを押す。


するとタバコの先端が赤く光り紫煙しえんが立ち昇る。

彼がふうっと息を吐くと彼の口からも白い煙が出て来る。


これは、バーチャル・タバコだ。

紫煙も白い煙も全てホログラフィ。

そして、タバコを吸っている人間の脳にのみタバコを吸っている感覚が伝わる。


「お前は本物の煙草たばこを吸った事があるか?」


唐突に権藤が聞いてくる。


「いや、バーチャルも吸った事は無い」


「そうか。俺はあるぞ。こんなバーチャルとは全く違う」


権藤は再び側面のスイッチを押す。

先端の赤い光は消え煙も無くなる。

臭いも全く無い。


「医者の俺が言うべき事じゃ無いが」


権藤はバーチャル・タバコを白衣のポケットに入れる。


「人間っていう生物は身体に害のあるモノを好むのかも知れんな」


「お前、さっきから何を言ってるんだ? 僕が聞きたいのは」


権藤は「判ってる」と言うように手を振る。


「お前が聞きたいのは、フィオリーナの事だろ?」


「あぁ、何故、重体患者の手術に彼女を同室させたんだ?」


権藤は右手で額を押さえて、ふうっと息を吐く。


「・・・非科学的だと思われるかも知れんが。いや、俺も確信してる訳じゃ無いんだが」


「何の事を言ってるんだ?」


問い詰める僕をチラッと見て、権藤は再び大きな息を吐く。

そして、観念したように喋り出した。


「・・・数日前からこの医療施設区間内で不思議な事が起きてるんだ」


「不思議な事?」


僕には何の事か判らないので、聞き返す。


「あぁ、末期癌まっきがんの患者から転移している全ての癌細胞が消えてしまったり。ALS(筋萎縮性側索硬化症)の患者の進行が止まって全快したり。アルツハイマーの患者の脳細胞が突如として増幅したり」


「ちょ、ちょっと待ってくれ」


僕は慌てて、もう1度聞き返す。


「それは治療の効果では無く、自然現象のように起こったのか?」


「治療も何も」


権藤は再びバーチャル・タバコを取り出す。


「俺が言った症例は現代医学でも治療が困難なモノばかりだ」


そう言って白い煙を吐く。


「ただ1つ、共通している事がある」


「共通している事? 何だ、それは?」


権藤はタバコを深く吸い込む。

そして、僕の眼を見ながら言った。


「皆、フィオリーナが担当していた患者だった。と言う事だ」


「・・・フィオリーナが」


唖然あぜんとしている僕に権藤は畳み掛けるように言う。


「今日だってそうだ。運ばれて来た患者はテロ組織との戦いで重傷を負った患者だ。運ばれて来た時には心肺停止状態だった。俺はわらにもすがる思いでフィオリーナを同室させた。そしたら」


「・・・その患者は助かった。と言う事か」


「そう言う事だ」


権藤はタバコを指に挟んだまま今度は僕に尋ねて来た。


「まさか、とは思うがお前がそんな機能をフィオリーナに与えた。何て事は」


「バカを言うな。そんな神のような機能なんて」


続きを言いかけた僕の頭にアメディオの言葉がよみがえって来た。



お前はフィオリーナを神か悪魔にしようと思ったのか




「バカな!あり得ない、そんな事はあり得ない」


両手で頭を抱えてうめく僕に権藤が立ち上がって声をかける。


「落ち着け!大丈夫か?」


低くて落ち着いた権藤の口調で僕はわれに返る。


「・・・あ、あぁ。大丈夫だ。スマン、取り乱して」


「その様子だと、お前さんにも計算外の事みたいだな」


そう言って権藤は「吸うか?」と言う感じで紫煙が出ているタバコを僕に差し出す。

僕はそれを受け取った。

初めて吸ったタバコは苦いような変な感覚だった。


「やはり、お前にも想定外の事だったか」


権藤は納得したように同じような事を言う。


「当たり前だ。お前の言った事が事実だとしても、そんな機能なんて僕には想像も出来ない。お前は本当にフィオリーナが関与してる、と思っているのか?」


僕は権藤にタバコを返した。


「俺は医者として事実を言っただけだ。無論、俺もフィオリーナが具体的に何かをやったとは思ってはいない。しかし、やまいがあり得ない現象で改善した患者の担当者が全てフィオリーナであったのも事実だ。今日の手術に関してもな。フィオリーナが全く無関係とは思えない。そうだろ、ロッシュ」


「フィオリーナは、その。自分が担当していた患者があり得ない現象で改善していくのを見て、どう思ってるんだろうか。聞いてみた事はあるか?」


「それがなぁ」


権藤はタバコをしまうとボリボリと頭を掻いた。


「皆さん、元気になられて良かったですね。って無邪気に喜んでるだけなんだ」


「うーん、本人は無自覚か」


しばらく考え込んでいた僕はある事に気がついた。


「そのあり得ない現象が起き始めたのは数日前からって言ってたよな? それって、もしかして」


「あぁ、フィオリーナがお前の記憶を取り戻してからだ」



やっぱりか。




本当に4番目のAIが何らかの機能を手に入れたのかも知れない。




それが権藤の言っていた、あり得ない現象と関連してるのかは現時点では明確には判らないが。




僕は急いでフィオリーナとメグの所まで行く為に歩き出した。




「おい、ロッシュ。何処に行くんだ」




「フィオリーナの検証をしなくてはならない」





そう言い残して僕は2人の所へ向かってあゆみを進めた。









つづく




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荒れ野に咲くフィオリーナの花のように アンドロイドは冷却水を流すか3 北浦十五 @kitaura

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