第10話 疑惑と新しい能力
「フィオリーナはどうだった?」
有機アンドロイド製造施設区間に戻ってきた僕とメグにアメディオが声をかけた。
「フィオリーナちゃんは逃げずに自分と向き合う、って言ってくれたわ」
メグが嬉しそうに答える。
「じゃあ、記憶の方は?」
アメディオの問いには僕が答えた。
「僕の事は知っているみたいだがブラックボックス内のプロテクトされたメモリーはダメみたいだ。しばらくは権藤に預けておくよ」
「・・・そうか」
僕はアメディオの態度に何か引っかかるモノを感じた。
それはメグも同じようだった。
メグがアメディオに詰め寄る。
「何よ。何か奥歯に物が
アメディオは少し迷っていたようだが口を開いた。
「2人には、ちゃんと話すべきだな。誰かから変な事を言われる前に」
「変な事ぉ?」
アメディオはメグの問いには答えず休憩コーナーへ向かって歩き出した。
僕らに着いてこい、と言っているようだった。
僕とメグはアメディオと一緒に休憩コーナーに移動した。
休憩コーナーには数人のスタッフが居た。
僕らに挨拶をしてくるが、その中の1人の様子がおかしい。
何と言うか、よそよそしいと言うか少し警戒をしているような感じだった。
僕らは休憩コーナーの
メグがコーヒーを
3人のカップに温かいコーヒーが
「何? さっきのヤツ。アタシらを不審者みたいに」
メグはコーヒーを
勿論、そのコーヒーは超苦いブラックだ。
「アイツはフィオリーナが非合法だと知ってるからな」
アメディオはミルクたっぷりのカフェオレを飲みながら呟く。
「はぁ? そんなの前から知ってる事じゃない」
メグは口をとがらせる。
フィオリーナが非合法の有機アンドロイドである事は、この施設内でも1部のスタッフには伝えてある。
しかし、その事はあまり喋らないようにと口止めもしてある。非合法である事に偏見を持つ者も少なからず居るからだ。
「どう言う事だ? 詳しく聞かせてくれ」
僕の問いにアメディオは言いづらそうに口を開く。
「・・・例の暴走寸前になった超小型核融合炉だがな」
「ん? T(トリチウム)が混入した原因が判ったのか?」
アメディオは更に言いづらそうに言う。
「あれはフィオリーナが故意にやったんじゃないか? と言う
「何だって!」
「何ですって!」
僕とメグは同時に立ち上がった。
「落ち着け。大きな声を出すな。俺もフィオリーナを疑ってはいない」
アメディオが慌てて僕らを制する。
それを見て僕とメグはおとなしく椅子に座る。
しかし、メグの
「どっからそんな噂が出てきたのよ」
メグはコーヒーカップをガチャンと音が出るように置く。
「
アメディオは僕の方を見る。
「核融合炉の製造過程の話か」
僕の言葉にアメディオは大きく
「今の核融合炉の原理は2つのD(デューテリウム)の
「まぁな。地球が太陽の恩恵を受け続ける限りTは存在する。空気中にも水の中にも」
僕はアメディオが言おうとしている事が判るから少し表情を
「そんな事は
「あぁ。TはDが核融合をした結果として
僕らの会話をイライラしながら聞いていたメグが椅子から立ち上がる。
「だからって何よ!Tは普通に存在するモノじゃない。それが混入する可能性だって」
「メグ」
僕はメグに優しく語りかける。
「核融合炉の製造は厳重に行われなければならない。Tが混入するなんて事はあってはならない事なんだ。それに」
「それに?」
メグが僕に食い下がる。
「核融合炉の暴走は単なる口実だ。皆の中にはフィオリーナに、自我を持って独自の思考をする有機アンドロイドに対する不信感と
僕の言葉にアメディオは大きなため息をつく。
「・・・残念ながらそういう事だ」
「・・・そんな。」
メグは
そんなメグにゆっくりとアメディオは言葉を繋ぐ。
「自我を持って独自の思考をする有機アンドロイド。皆はそれが不安なのさ。もしもフィオリーナが僕ら人類を地球にとって有害な種族だと判断したらどうなると思う?」
メグはそんなアメディオに反論する。
「フィオリーナちゃんは人を攻撃できないようにプログラミングされてるわ!」
「それは単体としての人に対するモノだろう? もっと大きな規模で。人類と言う種族を滅亡させる事なら出来るかも知れない」
僕は唇を
「メグ、アメディオが言っているのは極論だ。アメディオだってフィオリーナがそんな事をするとは思っていないよ」
「あぁ、俺もフィオリーナがそんな事をするとは思っていない。ただ」
僕はアメディオの言葉を引き継ぐ。
「そんな極論に走る連中も居る、って事だな」
「・・・そう言う事になるな」
アメディオは椅子の背にもたれ掛かって天井を見上げる。
「人類の歴史は戦いの戦争の歴史でもある。生物の進化論で言えばホモ・サピエンスは完全にイレギュラーな存在だ。何故、この地球上に俺達みたいな種族が誕生したんだろうな」
「ちょっと、アメディオ」
メグがアメディオの言葉を
「今はアンタの哲学なんて、どーでも良いわよ。今、考えなきゃいけないのはフィオリーナちゃんの事でしょ」
アメディオはメグの言葉に苦笑する。
「まぁな。フィオリーナは世界で唯一の自我を持ち独自の思考をする有機アンドロイドだ。彼女がどのような思考をするのか誰にも判らない。皆はそれが不安なのさ。人間の脳の働きだって完全には解明されていないのに。国際法で有機アンドロイドの使用期限が10年と定められているのも、その為だ」
「・・・アタシはフィオリーナちゃんを信じてるわよ」
椅子に座ってコーヒーカップを見つめるメグがポツリと呟く。
「その根拠は? それをどうやって論理的に証明できる?」
黙り込んでしまうメグに変わって僕が発言する。
「
アメディオは両手を広げた。
「人間って言うのは自分とは異なるモノを排除したり攻撃したりする生命体だからな。同じ人間同士でさえ、そうだ。俺もフィオリーナを100%信用する事は出来ない」
「それで? 君は具体的にはフィオリーナをどうしたら良いと思う?」
僕はアメディオに問いかける。
「フィオリーナはお前があくまでも実験体として造った事になっている。お前だから此処の皆はフィオリーナの存在を容認したんだ。しばらくはフィオリーナに行動制限を付けるべきかも知れない」
「それって、フィオリーナちゃんを監禁拘束するって事?」
メグがまた椅子から立ち上がって大きな声を出す。
「落ち着け、メグ」
僕はメグを
「アメディオはフィオリーナの為に言ってくれてるんだ」
「あぁ。過激なヤツはフィオリーナを解体すべき、なんて言ってるヤツもいるしな」
メグは
「・・・そんな。・・・そんな事って」
「メグ、それはあくまでも極論だ。解体なんて事はさせはしない」
僕は血の気が引いているメグの手を握りしめる。
「・・・そう、そうだよね。アタシ達がフィオリーナちゃんを護らなきゃね」
メグはブラックコーヒーを飲み干すと決意を込めたように言った。
「そうだ。その意気だ」
「おいおい。あまり物騒な事はしないでくれよ」
アメディオが大げさに
それを見て僕とメグは笑い出す。
その場の雰囲気が少しは
「とにかくフィオリーナは変な噂がなくなるまでは医療施設区間に保護して貰う事にするよ。完成した核融合炉にTを混入させるなんて技術的には不可能だからな」
「その方が良いだろうな。ただ、これだけは覚えておいてくれ。フィオリーナへの不信感が完全になくなる事は無いぞ」
「まぁ、それが人って言う生命体よね。だからこそ面白い、とも言えるんだけど」
見た目小学生のメグのこの言葉に僕とアメディオは失笑した。
メグは「何がおかしいのよ」と
それから僕らは、それぞれの持ち場に戻って行った。
メグはこの施設全体へのサイバー攻撃対処室。
僕とアメディオは施設完成の
その夜、僕は夢を見ていた。
色とりどりのフィオリーナの花畑の中にメイド服姿のフィオリーナがいる。
それは僕が初めて見た初代フィオリーナと同じ姿だった。
フィオリーナは花畑の中をチョコマカと動き回っている。
まるで何かを探しているように。
この夢の中では僕の存在があるのかどうかは判らない。
僕は視点を変える事も言葉を発する事も出来なかったから。
すると。
動き回っていたフィオリーナが僕の方をジッと見ている。
そして僕に向かって近づいて来た。
フィオリーナの姿がどんどん大きくなる。
かなり至近距離まで来たらしくフィオリーナの顔がドアップになる。
深い湖のような濃いブルーの瞳。
僕がその瞳に吸い込まれそうになった時、唐突に目が覚めた。
「ふうっ」
僕はベッドの上で起き上がり大きく息を吐く。
何だったのだろう? 今の夢は?
そんな事を考えていた僕は脳内に「誰か」が居るのに気がついた。
その「誰か」の思考は僕がよく知っているモノだった。
これは、フィオリーナの思考だ。
僕は脳内でフィオリーナに呼びかけた。
「フィオリーナ。そこに居るのかい?」
しばらくするとおずおずとした小さな声が僕の脳内に響いた。
「・・・はい、申し訳ありません。あたしもこの状況に戸惑っています」
これは以前に行っていた機械を介した脳内回線では無い。
あれは僕の脳に多大な負荷をかける。
現に爆発物処理室の時には1分を過ぎた頃に僕は意識を失っている。
と、言う事は?
「フィオリーナ!君には精神感応力(テレパシー)が備わったのか!」
僕の問いかけにフィオリーナはオロオロした様子で答える。
「・・・あたしにも良く判らないんです」
フィオリーナは泣きそうになっている。
「あたしはブラックボックス内のプロテクトされたメモリーを解除する為に丸子さんの事を丸子さんの事だけを必死に考えていました。そしたら」
「そしたら?」
僕は平静を装って優しく脳内でフィオリーナに語りかけた。
フィオリーナも混乱してるんだ。
と、自分自身に言い聞かせて。
「そしたら、あたしのAIの中に
「えっと、君にはそこが僕の脳の中だと判ったのかな?」
「はい、なんとなくですけど。それよりも丸子さんにお聞きしたい事があります」
フィオリーナの思考が少し力強くなったように感じた。
「何だい?」
僕は平静を
「あのメイド服姿のあたしは丸子さんが初めて出会った時のあたしですか?」
僕は正直に答えるようにした。
「うん。僕が12歳の時に初めて出会った初代フィオリーナだ」
「・・・やはり、そうでしたか」
フィオリーナの思考が揺らいでいる。
「それが、どうかしたの?」
僕は言ってしまってから「マズイ」と思ったが、もう遅い。
「・・・フフフ」
フィオリーナが
「あたしは初代の代わり何ですか? あたしはロッシュさんにとっては初代の
そのフィオリーナの思考は泣いているように僕には感じられた。
つづく
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