第4話 フィオリーナの安否




「フィオリーナ!フィオリーナ!」




僕は緊急回線で呼び続けているがフィオリーナからの応答は無い。


10秒はとっくに過ぎている。

僕の意識が朦朧として来た。

しかし、僕はフィオリーナの名前を呼び続けた。


そして。


システムダウンのように僕の目の前が真っ暗になる。


僕は意識を失った。





それからどのくらいの時間が経ったのだろう?



僕が目を開けると鈍い照明の光が目に入って来た。


そして、誰かが僕の顔を覗き込んでいるように感じた。


僕が目の焦点を合わせると、その服装から看護婦だと判った。


僕は感覚的にその看護婦が有機アンドロイドだと判断した。



「・・・フィオリーナ?」



「先生、丸子さんが目を覚ましました」



その看護婦の姿をした有機アンドロイドはパタパタと自動ドアから外へと出て行った。

彼女は僕が作った有機アンドロイドだった。

合法の。


「ロッシュ!意識が戻ったのか」


自動ドアが開いて白衣を着た顔見知りの若い男が現れた。

僕は身体を起こそうとして初めて自分の頭部にヘッドギアのような医療用機器が装着されている事に気づいた。

手を動かそうとしてもうまく動かなかった。


「無理はするな」


僕にその男、権藤が語りかけた。

権藤はIPOに所属する医師でその手腕はIPOの中でもトップクラスだ。


「まだ喋るな。俺の言う事が理解できるなら右目を閉じろ」


僕は右目を閉じた。

男にウィンクなどはしたく無かったが。


「よし。自分が誰だか判るか?判るなら左目を閉じろ」


僕は左目を閉じた。

だから、男にウィンクなんてさせるなよ。

ゲンナリしたような僕の目を見て権藤はホッとしたような顔になった。


「そんな顔をするな。これが最後だ。俺が誰だか判るなら両目を閉じろ」


僕は思い切り両目を閉じた。

男にウィンクするよりは100倍はマシだ。


「ハハッ。そんなに俺の顔を見るのが嫌か?」


ガッチリした体格の権藤は声を出して笑った。


「どうやら大丈夫のようだな。だが、まだ身体は動かすな。脳のニューロン(神経細胞)の1部はまだ修復していない。1週間は絶対安静だ。お前の頭脳は人類にとっても重要なものだからな」


そう言われて僕は手が動かないのは腕に水分や栄養補給の為に必要な点滴をされているからだ、と理解した。

その中にはニューロンの修復に必要な必須元素の1つであるセレンも含まれているのだろう。

しかし、僕にはどうしても聞いておかなければならない事があった。


僕の顔を見ていた権藤は応えてくれた。


「フィオリーナも無事だ。正常に稼働している。ただ、AIのメモリーがな・・・」


そこまで言ってから権藤は慌てて口をつぐんだ。


「すまん。続きはお前が完治してからだ。今は自分の身体と脳を最優先してくれ」


そう言って端末のパネルを操作した。

低い機械音がして頭部の医療機器が作動し始めた。

そして僕はまた深い眠りの中に落ちて行った。





それから一週間が過ぎた。


あれから権藤は1度も顔を見せなかった。

恐らく僕がフィオリーナの事を聞きたがると判断したのだろう。

医師としては正しい判断だと思う。彼は医療施設区間を制御するAIによって常に僕の脳をチェックして適切なニューロンの修復治療をしてくれたようだ。


僕の看護作業は合法の有機アンドロイドがしてくれた。

いつも笑顔で接してくれたが、その笑顔が自律型AIによって作られたものである事が僕には判ってしまう。感情と独自の思考を持っていたフィオリーナとは根本的に違うのだ。それでも彼女らには感謝の気持ちを持たざるを得なかった。それほど献身的な介護をしてくれたからだ。自分が造った彼女らが人の為に貢献してくれているのも素直に嬉しかった。

そして今日、僕の身体からは全ての医療機器が外され退院と言う事になったのだ。


「退院、おめでとうございます」


看護婦の有機アンドロイドが満面の笑みでそう言ってくれた。


「ありがとう。お世話になりました」


僕は頭を下げた。

こう言った時の笑顔は良いものだ。

それが作りものであろうが、そんな事は関係無い。


病室を出た僕の端末から着信音が鳴った。

普段ならこのような音では無く僕の脳に直接届くようにしているのだが、今は少しでも脳への負荷を軽減するように権藤から言われている。権藤は直接、僕に会いに来る事は無かったが僕に注意をするようなメールは頻繁に送って来ていた。

メールの送信者はその権藤で医療施設内のリハビリ区間の部屋に来い、との事だった。


僕は歩いてその部屋へ向かった。

やはり自分の足で移動するのは良いものだ。それと同時に足の筋力が以前よりも衰えている事も実感した。端末の日付を見るとフィオリーナと爆発物処理室に行ってから10日間が経過している事が判る。

リハビリが必要だな、と思いつつ権藤が指定した部屋の前に到着した。


「権藤、ロッシュだ」


僕がそう言うとドアの上にあるセキュリティシステムが赤く点滅した。

声紋認証が終わると赤い点滅から緑色に変わった。

ドアが開き僕は室内に入って行った。


部屋はそんなに広くは無いが塗装によって木造建築のように見える。

医療施設だから患者にストレスを与えないように計算してあるのだろう。

部屋の中央にこれも木製に見える丸いテーブルがあり椅子が3つあった。その椅子に権藤は座っていた。


「よぉ、ロッシュ。退院おめでとう」


権藤はちょっと芝居がかった物言いで立ち上がり握手を求めてきた。


「ありがとう、権藤。僕の脳はもう完治してるのか?」


僕は彼の手を握り質問した。


「まぁ、とにかく座れ。おーい、ホットコーヒーを2つ頼む」


僕が椅子に座ると彼は室内のマイクに呼びかけた。


「アンドロイドってのは融通が利かないから面倒だな。最初に頼んだ時はアイスですかホットですか? コーヒー豆の種類はどうなさいますか? お砂糖とミルクはどうなさいますか? ってな」


僕は苦笑した。


「そのように設計されてるからな。特に医療に従事させるには正確さが1番重要だろう」


僕の返答に権藤はうなづく。


「まぁな。お前さんが造ったアンドロイドのお陰で作業が大幅に効率化されたのは事実だからな」


「有機アンドロイドだよ。一目見ただけじゃ人間と区別がつかないだろ」


「お待たせ致しました」


部屋の内部のドアが開き看護婦姿の有機アンドロイドがお盆にコーヒーセットを乗せて現れた。

そして優雅な手つきで僕と権藤の前に小皿に乗せたコーヒーカップを置くとポットに入ったコーヒーを注いだ。


「お砂糖とミルクはどうなさいますか?」


静かで上品な口調で彼女は尋ねてくる。


「砂糖をたっぷり、と言いたい所だが医者から糖分は控えるように言われてるからなぁ」


権藤がガハハと笑う。


「医者はお前だろ。僕もブラックで良いよ」


「かしこまりました。何か御用がありましたらお呼び下さい」


彼女はペコリと頭を下げるとお盆を持って出て行った。


「確かにな。医者の俺が見ても人間にしか見えん」


権藤はコーヒーカップを持つとしみじみと言った。


「今じゃ有機アンドロイドもそんなに珍しくも無いだろ?」


僕もコーヒーカップを口元に運ぶ。

淹れたてのコーヒーの良い香りが肺の中に広がる。

僕の口の中に心地よい苦味が広がる。


「バカ言うな」


権藤は苦そうにコーヒーを飲みながら言う。


「え?何が?」


僕は彼の言葉の意図が判らなかったので訊いてみた。


「あのな」


権藤が身を乗り出してくる。


「俺の親父は岐阜県の各務原市で病院を開業してるがロボットみたいなアンドロイドしか居ないぞ。お前の親父に言っとけ。お前の会社が造ってる有機アンドロイドは値段が高すぎる、ってな」


僕は思わず苦笑した。


「僕に言われてもな。親父は会う度にこぼしてたぜ。あのクオリティであの値段じゃ割に合わん、ってな。それに第1、僕は今は勘当中の身だしな」


「まだ、お前の親父さんは怒ってるのか? お前がこのIPOに入った事を」


僕は少し音を立ててカップを皿に置いた。


「あぁ。世間話はこれくらいで良いか? 早くフィオリーナに会わせてくれ」


権藤は慎重に僕の様子を観ている。

その目は完全に医師が患者を見る目だ。


「そんなに焦るな。まず、あの日に何があったのかを説明させてくれ。お前だって知りたいだろ?」


確かにそうだ。

僕は気を失ってしまったからその後の事は何も知らない。

何故、フィオリーナが無事で今も稼働している理由を僕は知らない。


「まず時系列に沿って話を進めよう」


権藤は僕の様子を観察しながら話し始めた。


「あの日、ここの中央制御室で爆発物処理室に強力な電磁波が発生した事が確認された。それから爆発物処理室から緊急医療要請の連絡があった。恐らく気を失っているお前を見てフィオリーナが要請のボタンを押したんだろう」


「・・・ちょっと待ってくれ。それじゃ、あの時に核融合炉の暴走による大爆発は起きなかったのか?」


「そう言う事になるな。この1週間でお前に送ったメールの返信にあったように暴走の最終警告音が鳴ったんだよな」


僕がうなづくと権藤は立ち上がって部屋の壁にあるパネルを操作した。

すると横の壁が開いた。その中には小さなプラスチック容器が入っている。

彼はそれを取り出すと机の上に置いて椅子に座った。


「見てみろ」


僕は促されるままに容器を開けた。


「これは!」


中には真っ二つに折られた超小型核融合炉が入っていた。


「フィオリーナが折ったんだな。暴走を始める直前に」


「そうとしか考えられん。人間にそんな事は出来ないからな」


権藤はコーヒーを一口飲んでから話を続ける。


「爆発物処理室のシステムが復旧してからデータを調べたらフィオリーナは暴走の0・01秒前にこの超小型核融合炉を物理的に破壊した事が判った。ただ数個のD原子が反応を起こしてしまった」


僕はあの時の事を思い出していた。

やはり、あの激しい閃光と電磁波の発生は微小な核融合反応だったんだ。


「話を本筋に戻すぞ。フィオリーナはお前が設定した皮膚のコーティングによってダメージを軽減出来たが、それなりのダメージを負った。それでも自力で爆発物処理室から出て来た。そしたらお前が椅子に座ったまま気絶してるじゃないか」


そうだった。

僕はあの時、10秒以上は脳に負荷がかかるフィオリーナとの緊急回線を1分以上も続けていた。それでサングラスのAIが危険と判断して回線を閉じたのだ。

だが脳に負荷を与えた事で僕の脳がシステムダウン、つまり気絶をしたのだろう。


「ここからは推測になるが」


権藤は僕を観察しながらゆっくりと話し始めた。


「フィオリーナは気絶しているお前を見てすぐに緊急医療要請のボタンを押したんだ。そして自分の身体を護る為に一時的な活動停止、つまりスリープの状態に入ったと言う訳だ」


「それで、フィオリーナはどうなったんだ?」


僕は極力、平静さを保って尋ねた。


「それがなぁ」


権藤は困ったように頭を掻いた。


「俺には専門的な事はよく判らんがフィオリーナは天才であるお前が造り上げた感情と独自の思考を持った有機アンドロイドだろ? お前の助手達も下手に何かをしない方が良いと判断したんだ。それで合法の有機アンドロイド達の有機物質の部分を修復させる処置装置に入れたんだそうだ。そしたら驚くべき事が起こったそうだ」


権藤は少し興奮気味になっていた。


「あいつらが言うにはな。「フィオリーナは自分で自分の身体を治しています」だそうだ。外部からは何もしていないのに。それで3日もしないうちにほぼ完璧に治してしまって正常な稼働を始めたそうだ。全く完璧な自己修復能力を持った有機アンドロイドなんて、お前はとんでもないものを造ったんだな」


「そうか。自己修復能力はちゃんと作動したんだな」


「何だと!」


権藤は驚いたように言った。


「お前、テストして無かったのか?」


「あぁ」


僕は感情を出さないように答えた。


「自己修復能力はフィオリーナに稼働が出来なくなる程のダメージを与えなくてはテストとは言えない。下手をしたらそのまま永久に稼働停止になる可能性もある。僕はフィオリーナにそんなテストは出来なかった」


「・・・つまり機能は持っているがそれが作動するかどうかは判らなかった、と言う事か?」


「そう言う事だ。僕は理論的には間違いなく作動する、とは思ってはいたがな」


権藤は大きなため息をついた。


「これだから天才ってのは始末が悪い。お前、自分を過大評価してないか?」


「いや、その逆だ。過大評価しているのならテストをした筈だろ? 僕にはそれが出来なかった。どんなものでも100%なんてものは存在しない。100%なんて単語を使う者は科学者とは言えない」


権藤はじっと僕を見つめていたが踏ん切りをつけたように言った。


「・・・どうやらフィオリーナに会わせても大丈夫みたいだな」


「そう願いたいね。僕はどんな現実でもそれを受け入れる」


権藤は立ち上がって言った。


「こっちだ。着いてこい」


そう言って部屋の奥に歩き出した。

僕も彼に着いて歩き出した。

部屋の奥には通路があり、医療施設区間の奥の方まで続いているようだった。


「まさか、フィオリーナを拘束監禁なんてして無いよな?」


「バカを言うな。ただ、今の彼女をあまり部外者に見せる訳にはいかないからな」


権藤はある部屋の前で立ち止まると声を出して声紋認証をした。

中に入るとまた扉があり、そこでも声紋認証をした。


「随分と厳重だな」


「そりゃ、ここのラボ(研究室)だからな。ほら、あそこに居る」


権藤が指さした先には白衣を着たフィオリーナが居た。

コントロールパネルに向かって何やら考え込んでいる。

その姿は医療研究員のようだった。


「フィオリーナ!」


僕は正常に稼働している彼女を見て身体から力が抜けそうになった。

フィオリーナは無事だった。

それが僕にとってどれほど重要な事かを思い知らされた。



僕の声を聞いたフィオリーナがこちらを見ている。



僕はフィオリーナに駆け寄るとその肩を掴んだ。



「良かった。君が無事で本当に良かった」



僕の目に涙が滲んできた。


しかし、フィオリーナは困惑したような顔をしている。


そして、言った。



「あの、失礼ですが。どなた様ですか?」








つづく




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