第3話 フィオリーナの能力




「うーん、これはマズイかも」




僕はプールから引き上げた超小型核融合炉を持って呟いた。



ここは厚さ30cmの超硬度金属で作られた超小型核融合炉の貯蔵庫の中。



そこには縦50m横30mのプールがある。


その中に約1000個の超小型核融合炉が保存してある。


核融合の理論的要素では特に冷却する必要は無いが、このハルツームと言う都市は赤道の近くにあるので念の為に冷やしているのだ。



「それにしても」


僕は赤い警告ランプが点滅している超小型核融合炉をまじまじと見た。


「よくもまぁ、核融合炉をここまで小型に出来たもんだ。曽祖父ちゃんはやっぱり天才だな」


曽祖父は初代フィオリーナを造った人物だ。

それと同時に世界初の自律型AIによる有機アンドロイドの量産に成功した天才科学者である。

もっと言えば自律型AIに初めて「感情と独自の思考」を持たせた人物である。今は有機アンドロイドに「感情」を持たせる事は禁止されているが。


「・・・天才か」


僕も天才と呼ばれていた。

17歳で日本で1番権威のある大学の物理学とロボット工学とAIの博士号を習得したのだから。他にも今は父の企業グループが特許を持っている「柔らかいセラミック」や「柔らかい超硬度金属」も僕が考え出したものだ。父の企業グループは細かいものも合わせると100万以上の特許を持っているが、そのうちの1000くらいは僕が発案したものだ。


「それでも」


僕は思う。

僕はまだ曽祖父ちゃんには及ばない、と。

いつの日か曽祖父ちゃんを超えてみたい、と。




ブーッブーッブーッ




鋭い警告音が僕を現実に引き戻した。


「おっと。こうしちゃいられない」


僕はポケットからサングラスを取り出すと顔に装着した。

そしてサングラスの縁のパネルをタッチする。

こうする事でサングラスと僕の脳をリンクさせる。勿論、少しでも脳に損傷を与えるとサングラスのAIが判断したら脳とのアクセスは遮断される。


「うーむ。二重水素(デューテリウム)が不安定だな」


現在、使用されている核融合は恒星と同じDーD反応を基礎理論としている。

公式はこのようになっている。


D+D→T+p D+D→зHe+n


最もこれは恒星の初期の核融合反応であり通常の恒星の中心核で主に起こっている核融合反応は、陽子ー陽子連鎖反応であり、これは軽水素どうしが直接反応する水素核融合である。

これを説明すると長くなる上にこの作品とは直接関係ないので割愛させて頂く。

この作品ではDとは二重水素であるデューテリウムを指す。


「外部からのコントロールは・・・ダメか」


僕はガックリと肩を落とす。

しかし、他に方法は無い。

僕は緊急回線のパネルをタッチした。


「はい、フィオリーナです。何か問題が発生しましたか?」


すぐにフィオリーナの声が頭の中に響いて来た。


「すまない。すぐに製造施設内の超小型核融合炉貯蔵庫に来てくれ」


「了解です」


フィオリーナの応答を聞いた僕は直ちに緊急回線をオフにした。

この僕とフィオリーナだけが連絡し合える緊急回線は人間の脳に負荷をかける。

10秒以上は使わない方が良い。




「お待たせしました」



緊急連絡から数分後にフィオリーナは僕の前に現れた。

さっき見た看護婦の白衣を着ている。

急いで走って来たせいか頭に乗せていた帽子は無くなっていた。


「まずはこれを見て欲しい」


僕はフィオリーナに警告音を発している超小型核融合炉を見せた。


「・・・これは!暴走を始める可能性がありますね。外部からのアクセスは出来ないんですね?」


「うん。これはもう暴走を始める前に物理的に破壊するしか無い」


フィオリーナはうなづいた。


「判りました。あたしが破壊します」


「すまない。君を危険な目に合わせるかも知れない」


僕が沈痛な表情を見せると彼女はにこやかに笑った。


「大丈夫です。こういう時の為にロッシュさんはあたしに色々な機能をつけて下さったんですから」


「・・・本当にすまない」


そんな僕に彼女は努めて明るい声で言った。


「時間がありません。設定をお願いします」


「・・・判った」


しかし、彼女はもじもじしながら困った顔になった。


「どうしたの?」


「・・・すみません。ちょっと後ろを向いてて下さい」


フィオリーナは恥ずかしそうに小声で言った。


「あ!ゴメン」


僕は慌てて後ろを向いた。

他の非合法有機アンドロイドと同じように彼女のコントロールパネルは背中にある。

しかも彼女のコントロールパネルはとても複雑なので上半身の衣服を脱がなければ細かい設定は出来ない。

僕は恥じ入る彼女にちょっとドキドキしてしまう。背中越しに白衣を脱ぐ衣擦れの音が聞こえる。


「・・・お待たせしました」


か細い声が聞こえて振り向いた僕は思わず息を飲んでしまう。

あらわになったフィオリーナの背中は国宝級の陶磁器のように滑らかで清潔な美しさだった。恥ずかしさのせいかほんのりとピンク色になっているのも美しさを際立たせている。

感情と言うものが、ここまで外見にも顕著に現れる事を改めて思い知らされた。


「・・・あの? 早く設定を」


「あ、あぁ。時間が無いからね」


僕はフィオリーナの滑らかな背中を人差し指でタッチした。


「うっ!」


押し殺した声と共にフィオリーナの身体がビクッと反応した。


「ご、ゴメン。冷たかった?」


「・・・いぇ。それより早く設定を」


僕はフィオリーナに促されるように各種の設定をした。


「腕力は5000でイケるだろう。皮膚のコーティングは耐熱と耐衝撃でこんなものかな」


僕は設定を終えると再び後ろを向いた。

フィオリーナの「もう良いですよ」の声がしたので振り返ると来た時と同じように看護婦姿の彼女がはにかみながら立っていた。

僕はフィオリーナの手に警告音を発している超小型核融合炉を渡した。



それから僕らは爆発物処理室に急いだ。

爆発物処理室はこの防空壕から少し離れた地下1000mの場所にある。

それは超硬度金属50cmの壁に覆われた球体の形をしている。その中で核融合ミサイルが爆発しても外部には影響は出ないし10万℃の熱にも耐えられる。


リニアエレベーターで僕とフィオリーナがその爆発物処理室に着いたのは数分後だった。

僕はタッチパネルを操作して扉を開ける。

そこには通路があり直径100mの球体の中央部に行ける。そこにある施設で爆発物の処理を行うのだ。


「それでは処理して来ます」


フィオリーナは白衣姿のまま超小型核融合炉を持って僕を見つめる。


「うん、気をつけて。少しでも危険を感じたらシェルターに入るんだよ」


爆発物処理室だから中に人が入る事はあまり無いが念の為にシェルターはある。


「でもロッシュさんは二重水素が不安定になった原因を知りたいんですよね?」


このフィオリーナの言葉は彼女が超小型核融合炉を物理的に破壊してからそのまま持ち帰る事を意味している。


「それはそうだけど、ってバカ!君の安全が最優先だ!」


そんな僕の言葉を聞いたフィオリーナは嬉しそうに微笑んだ。


「ありがとうございます。でも」


そう言ってフィオリーナは持っている核融合炉を見つめる。


「仮にこれが暴走を始めるとしてもまだ5分の猶予があります。大丈夫ですよ」


そう言ってフィオリーナは笑顔のまま処理室の中に入って行った。



ガシャン



重い音を立てて厚さ50cmの扉が閉まる。

僕は大型モニターで中の様子を見守る。

白衣姿のフィオリーナが中央の爆発物処理施設に向かって通路を歩いている姿が映し出されている。



その時だった。



ビィィィィ―ッ



フィオリーナの持っている超小型核融合炉が鋭い音を発した。


「なにっ!」


僕は慌ててサングラスを装着すると脳とリンクさせた。

あれは暴走が始まる事を意味する最終警告音だ。

僕は急いで緊急回線を開いた。


「フィオリーナ!すぐに核融合炉を破棄してシェルターに入れ!」



次の瞬間。



眩い閃光がモニターを覆い尽くした。


そのあまりの光量にモニターはシステムダウンして真っ黒になった。


処理室の内部は強力な電磁波が発生して全ての内部観測システムがダウンした。



「フィオリーナ!」




彼女からの応答は無い。





脳に負荷がかかる10秒を過ぎても僕はフィオリーナの名前を叫び続けていた。








つづく



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