荒れ野に咲くフィオリーナの花のように アンドロイドは冷却水を流すか3
北浦十五
第1話 プロローグ
ドォォォン
僕らが退避している防空壕にも砲撃による地響きを感じる。
「クソッ!あいつら俺達がIPO(国際平和維持団体)と知っていながら砲撃して来やがる」
仲間の1人が舌打ちする。
「仕方がないだろ。あいつらには国際法を遵守するなんて考えは無いんだから」
そう僕は答える。
僕の名前は丸子(まるこ)ロッシュ。23歳。
5年前からこのIPOに所属している。
IPOの本部は今は極東アジア連合の首都とも言える日本の名古屋市にある。
正式名称は「International Peacekeeping Organization」だ。
現状の国際機関ではかなりマトモな団体である。
今は西暦2333年。
地球上の人類は主に3つの勢力に別れている。
「ヨーロッパ連合」 「中東アラブ連合」 そして「極東アジア連合」だ。
後の小さな国々は中立と言う立場を取って戦火から逃れようとしている。
ちなみに今はアメリカや中国やロシアやインドと言われていた国々は存在しない。
250年前の第3次世界大戦で互いに大量破壊兵器を撃ちあった為、共倒れとなったのだ。
その大量破壊兵器は「核融合兵器」と呼ばれている。
原子力発電に変わる新しい発電システムである核融合発電は2043年に日本で現実的に運用可能な「核融合炉」の完成によって始められた。
そして、人間はこの核融合炉を兵器として使用しようとした。
当時の超大国と呼ばれていた国々はその開発競争に躍起になった。
その理屈はこうだ。
核融合兵器は既存の核兵器と違い人体に有害な放射性物質は発生しない。これは新時代のクリーンな抑止力となるのだ、と言う事らしい。
クリーンな抑止力とは、よく言ったものだ。
結局は大量破壊兵器でしかないのに。
ちなみに20世紀に開発された水爆も二重水素と三重水素の核融合を利用している。
しかし、こちらはその起爆剤として原爆を用いる為に多大な放射性物質を発生させる。
日本が完成させた「核融合炉」は純粋な核融合のみである。その原理は恒星、つまり太陽と同じものを用いている。
しかし、核融合炉は日本の高い技術力によって実用化されたものであり、その原理は公開されたが簡単に作れるものでは無い。
中国では開発実験中に核融合の大爆発を起こしてしまった。
それを隠蔽する為に中国共産党政府は他国からの攻撃、と発表した。経済が行き詰まりつつある共産党政府は国民の不満が高まっていたが故に、そのような発表をせざる
を得なかったのである。
それに呼応するようにロシアは西側諸国に対して宣戦布告をした。20年前に隣国への侵略戦争をしたロシアは経済制裁を受け経済破綻を起こしていた。ロシア政府は正常な判断力を失い武力行使による国家再建を目論んだ。
これに対して疑心暗鬼に囚われていたアメリカ政府はロシアにまだ未完成の核融合ミサイルを撃ち込んだ。アメリカは民主党と共和党の内戦状態になっており、これもまた正常な判断力を無くしていた。
産業革命から500年。人口80億人を超えたホモ・サピエンスは種族としての限界を迎えていたのかも知れない。
それから中国との国境紛争が続いていたインドも中国に未完成の核融合ミサイルを撃ち込んだ。
もはや国連には何の権限も無く、世界中の多数の国のトップと言われる人達は自分しか信用できない精神状態に陥っているかのようだった。
こうして第3次世界大戦が始まった。
この戦争は10年続いた。
結果として地球の人口は30億人となった。
ユーラシア大陸の東部と北米大陸そしてインド亜大陸は人の住めない土地となった。
地球上に小型の太陽が一時的にいくつも発生したようなものだから、このくらいの被害ですんだのはむしろ奇跡的と言っても良い程だった。放射性物質に汚染されなかったのも幸いだった。
それからの50年以上は混乱期となった。
世界は被害の少なかったヨーロッパ諸国と中東からアフリカと東南アジアの3つの大きな勢力に別れて行った。
それらの勢力はまず生態系を回復させ、食料不足を無くして行った。経済活動も共通の通貨にして徐々に回復させて行った。
そして100年前に新しい国際秩序が制定された。
しかし、現在に至るまでこの新しい国際秩序はあまり機能しているとは言えなかった。無理もない。
今も世界のあちこちで紛争が起きているのだから。
だから僕は比較的マトモに機能しているIPOに加入したのだ。
世界から少しでも争いを無くす為に。
当然の事だが父には反対された。
僕の父は有機アンドロイドの製造と販売を行っている企業グループの会長をしている。そして、その有機アンドロイドの完成度の高さは他の追随を許さない。世界中に存在している有機アンドロイドの80%は父のグループが造っている。
そして、どうやら僕にも有機アンドロイドを製造する天賦の才があるようだ。
僕の曽祖父は非合法ではあるが感情を持った有機アンドロイドを造っている。
父は、これもまた非合法ではあるがその発展形とも言える有機アンドロイドを造った。そのモデルは今は亡き僕の母らしい。
そして、僕は少しでも人々を救う有機アンドロイドを造りたいと思ったのだ。
父のグループはIPOのメインスポンサーとなっている。
僕は密かに有機アンドロイドを造る事の出来る設備と材料を大量に持ち出した。
今の僕はIPOで活動する為の有機アンドロイドを開発製造している。
僕は「極東アジア連合」と「ヨーロッパ連合」のIPOの組織内に有機アンドロイドの製造施設を完成させた。
残るは「中東アラブ連合」のみ。
その為に訪れたスーダンのハルツームでテロ組織からの攻撃を受けているのだ。
「おい、ここもヤバイんじゃないのか?」
仲間が不安そうに言う。
今は世界共通語が小学校の頃から義務付けられているから会話には苦労しない。
「大丈夫だよ。IPOの施設は世界でもトップクラスなんだ。それよりも」
「それよりも?」
仲間はなおも不安そうに問いかけて来る。
「有機アンドロイドの製造施設を見て来る。あそこには超小型核融合炉が沢山あるからな。あそこに何かあったらマズイ」
「そ、そうだな。頼む」
核融合炉と聞いて怯えた顔になった仲間の肩を叩いて僕は防空壕の中を移動した。
防空壕と言っても中はとても広くて普通の居住施設と対して変わらない。
僕は有機アンドロイド製造施設へ行く途中で医療施設区間を覗いてみた。
そこは清浄な広い空間で50人程の医療ベッドがある。
「お、居た居た。今日も頑張ってるな」
その病院のような空間で白衣を着た少女が動き回っている。
看護婦と呼ぶには幼い、15歳くらいの少女だ。その少女がベッドに横たわる患者の様子を見て回っている。濃いブルーの瞳と透き通るような白い肌が印象的な少女だ。ゴールドブラウンの髪の上にチョコンと乗せている看護婦帽がとても愛らしい。
その少女はベッドを回りながら「お加減は如何ですか」とか「まだ痛みますか」と患者達に声をかけている。その花のような笑顔を見るだけで全快しそうだ。
「フィオリーナ」
僕が声をかけるとその少女は花のような笑顔をさらに輝かせながら僕にパタパタと駆け寄ってきた。
「何か御用ですか。ロッシュさん」
フィオリーナは理知的な蒼い瞳を輝かせながら僕に問いかけてきた。
その薔薇の蕾のような唇から零れる言葉は少し心配気でもあった。
つづく
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