死んだいとこの未来日記
ヤミヲミルメ
死んだいとこの未来日記
夏休みの宿題として提出する予定だった日記なら、許可なく読んでも別に問題ないだろう。
小三のいとことその母親の遺品整理を押しつけられたアパートで一人きり、僕はその百均のノートを手に取った。
『七月二十一日。
パパとママと海へ行った。』
ウソだ。
いとこの父親は刑務所だし、母親は海が……幸せなファミリーがいそうな場所が大嫌いだった。
いとこは自分の願望を日記に書いたんだ。
いとこは母親の機嫌を損ねるリスクを犯してまで自分の行きたい場所を言ったりしない。
そこから何日も、平和な家庭の幸せな日常が綴られていく。
友達の家でゲームをやった、なんてリアルなのもあったけど、ほとんどはアンリアルな夢物語だ。
『パパとお風呂に入った』とか『ママが嬉しそうだった』とか。
僕はたまらず日記を閉じた。
深呼吸して後ろからめくる。
突然の死の、おそらく前日の夜に書いたページ。
最後のページに記された日を、僕の幼いいとこはいったいどのように過ごしたのだろうか……
てっきりしばらくは白紙が続くものと思っていたのに、日記は最後の一枚、八月三十一日のページまでみっちりと書き込まれていた。
いとこが死んだのは八月十三日だし、今日は八月十八日なのに。
思わず目を背ける。
いとこの妄想はこんなにもあふれて、得られぬ幸せにこれほどまでに焦がれていたのか。
だけど改めて文字を目で追うと、八月三十一日に、いとこの住むこの町はなぜか廃墟と化していた。
……こんな未来を夢見るほどに、いとこの心は荒んでいたのか。
目頭を押さえる。
これが小説なら、小三でこれなら天才だってほめたたえる。
だけどこれは日記なんだ。
叶わないあこがれを綴り続けた妄想日記の、最後のページがこんなだなんて。
涙をこらえてページをめくる。
八月三十日は、三十一日とほとんど違いがなかった。
二十九日、二十八日とさかのぼる。
この日記はいつからこんな風になってしまったんだ?
日記にはいとこ本人も母親も出てこない。
新聞記事のように淡々と町の被害状況が綴られる中に、ときおり出てくる人名はクラスメイトのものだろうか。
瓦礫の街で苦しみながらもどうにか生き長らえているのは、いとこ自身の心理状態なのだろう。
あ、ひどいな、僕が死んだことになってる。
某国によるミサイル攻撃の、犠牲者のリストに入ってる。
なるほど、この日記はそういうストーリーになっているのか。
子供にニュースなんか見せるもんじゃないな。
不意に電話が鳴った。
玄関に置いてあるやつだ。
受話器を取ると、知らない男性からだった。
叔母のスマホが繋がらなくてこちらにかけてきたそうで、叔母が亡くなったのは本当かと訊かれた。
男性は海外出張から帰ってきたばかりだそうだ。
男性は叔母と交際していた。
いとこともうまくいっていた。
いとこにパパと呼んでもらえた。
叔母は服役中の夫と別れてこの人と一緒になるつもりだった。
僕はこの人に、叔母といとこに何があったのかを伝えた。
二人まとめてトラックに轢かれた。
「警察は、事故が起きたときには運転手は心臓発作ですでに死んでいたって言っていました」
親戚一同、叔母による無理心中を疑っていたって部分はこの人には伏せておいた。
「……あの子と海へ行きましたか?」
気がつくと僕の口をついて問いが出ていた。
「はい。夏休みに入ってすぐに……」
堰が切れたように男性は、顔も知らない僕を相手に、叔母やいとことの思い出を語り始めた。
僕は受話器を肩にはさんで、いとこの日記を一ページ目から読み返した。
お風呂のこと。
キャッチボールのこと。
男性の話はすべて、いとこの日記のとおりだった。
じゃあこの日記は妄想じゃなくて、いとこの実体験なのか?
話が事故の前日に及び、僕が日記の八月十二日をめくったところで、男性の声が涙で詰まり、あいさつと、業務連絡みたいな言葉をいくつか無理やり交わして、男性は電話を切った。
静まり返った部屋で、僕は八月十三日をめくった。
事故の詳細が書かれていた。
紛れもないいとこの筆跡で。
いとこは自分で書いた妄想の日記のとおりに死んだのだ。
こんな偶然があるのだろうか。
まさか……自殺?
いや、事故の原因は運転手の心臓発作だ。
だけどそれがこの日記で言い当てられているのはなぜだ?
予知能力? そんなものが現実にあるのか?
もしそうなら、どうしていとこは事故を避けられなかったんだ?
死にたがってた?
新しい父親ができて、妄想でなく本当に幸せな日記を書けていたのに?
ページをめくる。
いとこの死に対する、僕を含む親族の反応や、葬式の様子が綴られている。
今日、八月十八日に、この部屋に僕が来ることも書かれている。
そして……
今日の夕方、つまり今の時間、某国がこの町に向けてミサイルを撃つと記されていた。
死んだいとこの未来日記 ヤミヲミルメ @yamiwomirume
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