真夜中の君へ

メイルストロム

さようなら、レポーロ。




「──どう、し……て……?」


 真夜中にひとり、こたえる相手のいない言葉をこぼす。

 目の前に転がるのはかつてのおもい人、私が初めて全てを捧げ愛した相手。とてもほがらかな優しい笑顔で笑う、ふんわりとした春の陽射ひざしのような雰囲気の可愛いあの子。

「レポーロ、貴女あなたが居ないと、私は……私は──」


 ──私は、どうしたらいいの?


 貴方と居られるのなら何だってする、私が持つ全てを貴女の為に使うって決めたのに。頑張って貴女をあの地獄から救い出したのに、どうして貴女はそこで死んでいるの?

 私がほんの少し離れた隙に、どうして殺されてしまったの。貴女の為にケーキを買いにいかなければ、貴女は殺されずに済んでいたのかしら。

「レポーロ、一緒に生きていこうって……言ったばかりじゃない」

 床に落としたケーキを拾うこともしないで、私は物言わぬ彼女ムクロの手に触れる。弾力を失い冷たくなった手に触れた瞬間に視界が歪んだ気がして、そこからはもう感情の抑えなんか効かなくなっていた。脳裏をよぎるのは彼女との出会い、何気ない日常の日々にあった他愛たあいの無い会話。そういった記憶の濁流だくりゅうに飲まれた私はとしも忘れ、子供のように泣き続けて朝を迎えるに至った。


 ──国を追われた者、連れ去られて来た者、うとまれた血筋ちすじの者。

 多種多様な理由で流れ着いた者達が身を寄せあって生まれたこの国において、法をもっりっする存在はいない。警察組織はあるけれど、基本はちからる存在に飼われているいぬでしかなかった。金をめばあくぜんに変えることもできる、そんな組織だから頼るには不安が残るの。


 ──だから私は、一人で立ち向かうしかないのよ。


 それからの私は犯人への復讐を胸に生き続けた。口に出せないような事も沢山やって来たし、人だって沢山傷つけたと思う。けどそれはお互い様だ。人は皆、誰かに迷惑をかけながら生きている。意図していないものだったとしても、そう言うことは多々あるのだから。

 それに私は彼女の復讐を果たせたのなら、その後はどうでも良いのよ。今まで傷付けた人達に殺されて、路傍ろぼうに打ち捨てられたって構わない。生きたまま獣の餌にされたって良い。









 ──そうして真夜中に独り、復讐を決心してからもう三年はっている。


 私はもうすっかりと夜の住人になってしまったし、あの頃からは想像できないほどに傷も増えた。肉体的な傷は勿論もちろんの事、精神的な傷も沢山負ってしまったけれどつらくはない。あの日負った傷に比べれば、この三年間の傷などかすり傷にも満たない小さなものだから。


 けれど、変わってきたものもある。目をつむった先、真夜中のような暗闇に彼女が現れるようになったのよ。そのどれもが過去の記憶の一部でしかないけれど私には充分。真夜中の闇にちた身にはそれでもまぶしいくらいなのだから。

 それにね、例え蝋燭ろうそくあかりにも満たないような小さな希望であっても……私は見失わずに生きられる。たとえそれが過去の夢だとしても、ね。

 そしてもう一つ気付いたのは、夜にしか彼女にえないと言うこと。夜じゃなくても、目を閉じればいい。真夜中くらやみに独りで居る時しか、私は彼女を見つけられなくなった。

 遠くにってしまった思い出の中にいる私達は、そこでしか見えない。

 ……真夜中に堕ちた私はもう、陽のあたる場所へは行けないのだと理解させられた気がしたのよ。


 だから今の私は──……真夜中でしか生きられない私は、きっと本当の私じゃないんだろうね。こんな寒くて暗い闇の中で復讐に身を焼いている私は、貴女に相応ふさわしくないもの。


 ──だから……さようなら、愛しのレポーロ。


 私は今日、貴女のかたきを討つために死ぬわ。

 きっと貴方と同じ所には行けないだろうけど、不満はない。真夜中に、暗闇に居れば何時だって貴女を思い出せるもの。



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真夜中の君へ メイルストロム @siranui999

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