乙女小説家の憂鬱

芦原瑞祥

私だけのヒーロー

「ぬおああ! ヒーロー像が決まらん!!」


 私、乙女小説作家の流水院麗華。次回作のプロットを練っているのだけれど、ヒロインと恋に落ちる男性をどんな設定にするのかが決まらない。

 人気作を読んで研究した成果を書いてあるノートをめくり、基本をおさらいする。


「イケメンなのは必須。でも、いかつい強面男性の中身が素晴らしいことをヒロインだけが知っているパターンもアリ。性格は、とにかく優しくて包容力があるか、ちょっと冷たくSっ気があるけど実はヒロインのことが大好き、ってパターンが人気。あと、複数のジャンルでハイスペックであること。身分が高い、お金持ち、権力者、武芸に秀でている、魔法が使える等々。王子様や騎士が好まれるし動かしやすいわね。となると……」


 やっぱり思い浮かばなくて私が机に突っ伏していると、確定申告の手伝いに来てくれた幼なじみの由香が、ローテーブル上のノートパソコンとにらめっこしながら声をかけてくる。


「麗華、さっきから同じことばっかりつぶやいてるけど、全然進んでないじゃん」

 由香の指摘に、私はため息をつく。


「どうも、私が考えるヒーローって、一般ウケしないみたいでさ……」

「たとえば?」


「作品を仕上げるために恋人を切り捨てるイケメン芸術家」

「そもそもなんで付き合った。そいつ、作品のために恋人を牛車に入れて燃やすタイプだろ」


「死んだ恋人を生き返らせようとする、メガネの似合う研究者」

「マッドサイエンティストか。それは敵キャラ用に取っておけ」


「国の安寧を祈るため、異性との接触を断ち精進潔斎して祈り続ける聖職者」

「乙女小説なのに恋が始まらない! 始まったとしても安珍清姫エンド!」


 由香が矢継ぎ早にツッコミを入れてくる。

「あんたもしかして、『自分なんか相手にしない男』が好きなの? その恋愛観は歪んでいるから今すぐ矯正しろ。ナウ!」


 言われて「なるほど」と思い当たる。私の少ない恋愛経験では、確かに「私なんか好きにならない男」が好きだった。これは高嶺の花に憧れるのとはまた違う。たとえばその男が私を好きになった時点で、何か裏があると疑って苦しくなり自分から離れていった。これは、自信のなさの裏返しだろう。


(ヒロインが「最初は自分に自信がない」というのは、キャラとしてセーフだな。ヒーローの登場で、徐々に自信を持ち本物のレディになって最後は結ばれる。いいじゃんいいじゃん)


「オッケー、矯正した。自分なんか相手にしないような高嶺の花に恋をしたヒロインが、必死で自分磨きをして、最後はヒーローに見初められるシンデレラストーリー、これでどうだ!」

「それだとヒーロー像が薄いというか、ヒロインとの絡みが少なくない? 読者から普遍的に愛されるキャラでありながら同時に、『このキャラは私だけのヒーローだわ!』って思えるような特別な何かを持たせたいね」


(普遍と特別、か。それをヒロインとヒーローの関係性の中で見せていくのがいいわね。二人の距離が近づいたと思ったらちょっと危機が訪れて、でも最後は大団円。これな!)


 あれこれ考えていると、由香がプリンタから出力した紙を持ってきた。


「ところで麗華、取材に行くなら出張報告書的なものは残しとけって去年も言ったよね? ビジホの領収書に『電車代』ってふせんだけ貼っとくのやめてよ。……Twitterのつぶやきから旅程推測して電車代も割り出しといたから。これ、合ってるか確認して」


 持つべき者は、十年以上経理として働いている友だ。


「合ってる! 完璧! 神様仏様由香様!! もうさあ、複式簿記で記帳とか言われても貸借とか勘定科目とかちんぷんかんぷんで。どっちが貸方か借方かいまだにわかんないし」

「まあ、右側左側で通じるから覚えなくてもいいんだけどね、ひらがなで書いてはらってる方向って覚えるといいんだよ。か『り』方は左、か『し』方は右」


 ほえー、と感心しながら私は、確定申告書類を仕上げていく由香を見つめてしみじみとつぶやいた。

「私にとってのヒーローは、由香だなぁ」


 それだ! 私の中にヒーロー像がひらめいた。


「確定申告に苦しむダメッ娘創作者に救いの手を差し伸べてくれるイケメン税理士とかどうよ! 毎年二月くらいからTwitterに『確定申告やってくれる神』を望む声があふれるから、需要ありそう。二人だけの秘密の作業、努力、そして勝利!」


「水さして悪いが、税金モノはすでに人気作家がめちゃくちゃおもしろいシリーズやってるぞ」


「あ、そうか。じゃあ切り口を変えて……。ドS税務署員が調査に来ちゃって大ピンチ! 三つの不備を一つだけにするからと出された交換条件がまさに鬼畜! いけないバーター取引」


「乙女小説じゃなくレディコミ風になってるが」

 

「いや、いける! 取材したいから税務調査に来て欲しいなぁ。……由香、その確定申告、過大申告にしておいて」


「アホかー! もういい、私があんたのヒーローだ、麗華。言うことを聞け!」


「やだ、強引俺様ヒーロー」



 流水院麗華先生の新刊は、幼なじみ百合小説だったそうな。

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