第3話 夏の名残

1*壊された街(イザラ)


 荒れた土地……そこは元々街だった。所々に見える朽ち木が目立つ。

 おれはそれらを見て回っていた。

 もう百年程も昔になるが、あの時の記憶は色褪せていない。

「……なぁ、ヒース」

 誰でもない、自分の内へ問いかける。

「やっぱり、この街は死んだことになるのか? おれのせいで……」

『君のせいじゃないよ。実際、街を破壊したのはぼくの力だし』

 気休めにもならない。

 彼(?)の封印を解いてしまったのは自分だ。封印を解かなければ街が壊れることも、仲間を失うこともなかったのに……。

 まぁ、本当の仲間がいたのかと聞かれると難しいところもあるが。

 空を見上げてみる。

 どんよりとした鈍色の雲が立ち込めているだけのつまらない空。

 ここは人間界のように色んな表情を見せることはない。鳥が楽しそうに飛び回ることも無い……。

『鈴の所に戻らないの?』

「……もう少し、してからな」

『そんな事言ってると、あっちに戻った時にはもう鈴、おばあさんになってるかもよ?』

 ヒースが冗談めかしていった。

 おれは「まさか」と笑って見せたが、少なからず不安もあった。

 人間の一生というものはとても短いもの。気が付けば対象者はもう居なくて……何て事はよくある話だ。

『なになに? 不安になって来た?』

「……」

 あえて答えず、街の中心に向かった。



『あ…!』

 ヒースの声に反応して、立ち止まる。

『足元、何かあるよ』

 言われて見つけたそれは、一対の羽をかたどっていて、中心には玉が付いていた。

 拾い上げて観察してみる。どこかで見たような……。

『形はカルルに似てるね』

「どこかの飾り……か?」

 思い出すことを諦めて、コートのポケットの中へ押し込んだ。

「カルル以外に見覚えは?」

『……何で?』

「いや……別に」

 そう言っておれは歩き出した。



『ねぇ、シャルト』

「ん?」

『後ろ…何かいる』

「ああ…」

 おれはそこで足を止めて、陰でこそこそと後をついて来ている奴に言った。

「こんな廃墟でガキ相手に何しようってんだ? 隠れてないで出てこい――っ!」

 突然、足元が爆発した。強力な炎系魔術らしい。

「本っ当に何考えてんだか……」

 着地する度に炎が上がり、なかなか足を休められない。が、術を使ってくれているおかげで相手の居所が分かる。

「ヒース、力少し借りるぞ。

 《大地よ、敵を弾き飛ばせ ハイシエラ》!」

 地面が爆ぜて、土の塊と悪魔が一人飛ばされた。

 ようやく地面にしっかりと足を下ろせるようになって、どうして攻撃して来たのか聞こうとした。

 ゆっくりと顔をあげた彼女は――知り合いだった。

「イザラ……何でこんなこと」

「あはは、挨拶程度のつもりだったんだけどな。

 久しぶり、クロ。強くなったじゃん《収容所の問題児》」

「その呼び方はやめろ。何しに来たんだよ」

「ん? 実はね」

 イザラが指をのばす。

 すっと伸ばした指を俺に向け、

「あなたを始末するように言われて来たのよ」

 悪魔の微笑み。

 はぁ…イザラがおれを始末するって? 昔の俺ならともかく……。

「誰がお前なんかにやられるか」

「ぅわぁ。見た目ちっこいままなのに、口悪くなったわねぇ~」

 ……お互い様だろ。

「(ヒース……鈴の所へ)」

《まだ話があるみたいだけど…いいの?》

「(さっさと行くぞ)」

 おれは、まだ何か言い続けているイザラを無視して人間界へ飛んだ。



 * * *



2*鈴の町


 久し振りに見た空は、やっぱり綺麗だった。

(あー。青いなぁ…)

 そんな事を思いながら降下していく。

 周りに影響を与えないように鳥に姿を変えて、しばらく旋回してから地上に降り立った。

 山に囲まれた住宅街の端の方――そこにおれの対象者・岩瀬鈴の家がある。

 鳥の姿のまま家の周りを一周して、前回と同じように留守であることを知った。

『留守かぁ……どうするの?』

(もちろん、待つ)



  * * *



 小さな門が開いて、ようやく彼女が帰って来た……けど。

『何か…鈴、大きくなった?』

(…いや、おれ達が小さいんだろ?)

「クロ?」

 そう、おれなんだけど……。

 おれは鳥から人の形に姿を変えた。

「もう《クロ》じゃなくて、本当の名前で呼んでくれないか?」

 その言葉に、鈴は笑顔で応えてくれた。

「おかえり。シャルト」



  * * *



「で、仕事は片付いたの?」

「……いきなりそれかよ」

 シャルトはげんなりした顔でテーブルに突っ伏した。やっぱり唐突すぎたかな…?

「でも気になるよ。三年も何してたの?」

 そう、三年。その間に私の髪もずいぶん伸びた。歳もちゃんと三つとってる。

 けど、クロ……じゃなくてシャルトは三年前と変わりなし。外見的な成長は一切見られない。

 彼の意志によって自由に姿を変えられるのは分かっているけど……。

「そうだ! 姿、ちょっと変えてみせてよ!」

「なんで『三年間、何してたか』っていう話から、そんな所に飛ぶんだ?」

「ク……シャルトだけずっと子供のままなんて嫌だもん」

「じゃ、実年齢相応の姿で……」


 実・年・齢……ってことは…九十九歳…おじいさん……。

 それも嫌。

「もっと私たちの年に近付けてよ!!」

「えー…」

 文句を言いながらも姿を変える。

 三年前、カシギと戦った時の姿だ。

 身長と共に伸びた髪を、ハサミで無造作に切っていく。

「あ……なんか勿体ない…」

「長いと暑いんだって」


 久しぶりに二人で木槿の広場に行ってみると、

「あ~! 鈴ちゃんっ!!」

 美苗に体当たりされた(本人いわく、《抱き着いた》らしいけど)。

 そして、シャルトを見て目を丸くした。

「…クロ君!??」

「うん」

 シャルトは軽く挨拶した。

「三年振り…だっけ? わぁ~。背、伸びたねぇ~」

「あぁ、それは――――ぅげっ」

 ……危なかった。(もろ腹に喰らったみたいだけど)肘鉄入れてなきゃあのまま喋ってただろうな。

 私は周りに聞こえないようにシャルトに言った。

「もぅ、何でこうなっちゃうのかな…。まだ美苗にも本当のこと、言ってないんだよ」

「ふーん? けど秘密なんて、いつかばれるだろ」

「(う~ん…そうかもしれない、けど……)」

 言い返せない私を見てシャルトは満足気に微笑み、胸を張って正体をばらした。

「悪魔だからな。身長くらい変わるさ」

「ええぇ!!?」

 正体を教えられた美苗は、キラキラした目でシャルトを見ていた。

 し…信じるんだ……。

 実は少し美苗が羨ましかったりする。何でも素直に受け入れて、どんな事があっても笑っていられる。そんな彼女が羨ましい。

「鈴ちゃん! なんで今まで秘密にしてたのぉ~~!??」

「(そんなの言える訳無いじゃないの……)」

 今度はシャルトに魔法をせがむ美苗を見ながら、そんな事を思っていた。

『美苗、クロも鈴も困っているよ。ザワザワ』

「むぅ~」

 木槿に諭され、膨れっ面の美苗が切り株の上に座った。

 それを見ていたシャルトが「やれやれ」という表情で、左手をあげた。

 強い風が一定の場所に集中して巻き起こり、美苗の体が浮き上がる。

「え? え!? え!!」

 美苗の表情が驚き・戸惑いから喜びに変わる。

「すごい。すごい!」

 喜んで手を叩く美苗の下から、ふいっと現れたのはここ一帯を担当している風。

『クロさん……もういいですか?』

「ん? うん」

 風の力が少しずつ弱まり、美苗の高度も下がってくる。

 シャルトの力から解放された風は、大分疲れているようだった。

「シャルト……何したの?」

「なにって……ちょっと離れた所にいた風を呼び寄せただけなんだけどな。

 後はヒースの力借りて――」


  ゴッ


 不意を突いた風がシャルトの足を掬い上げたために、台詞は遮られ、思いっきり頭を打ち付けてしまった。

「っ痛――!!!」

『仕返しです』

 それだけ言って、風はどこかへ吹けてしまった。かなり不機嫌なようだ。


「で、結局三年間、何してたの?」

 美苗の居なくなった広場で、私はもう一度尋ねた。

「何って…おれとしては数日程度だったんだけどな。こっちに帰ってみたら三年も過ぎていた、と。

 要するに、あっち(魔界)とこっち(人間界)では時間の慣れ方が違うから、こんな誤差が生じたってだけだろ」

 ……なんか、シャルト可愛くなくなった気がする。

 何て言ったら「お前はわがままになったな」とか言われそうだから黙っとこう。

「聞こえてるぞ」

「もうっ! 勝手に心の声聞かないでよ!!」

「だから聞きたくて聞いてるんじゃないっての!」

 シャルトには、本人の意志と関係なく、他人の心の中が聞こえてしまうらしい。

 初めてその能力が出た時は、本人も何が起きたのか理解できていなかったみたいなんだけど、三年(彼いわく数日)たった今でも、制御することは出来ないみたい。

「ヒースのことについて話付けに行ってたんだ」

「で、片付いたから戻って来た……と」

「いや。なかなか取り合ってもらえないし、命狙われるし……やばそうになったから逃げて来た」

「……何やってんのよ、シャルト」

「おれのせいかよ」

 夏本番。蝉の大合唱を聞きながら、私達はしばらく話に花を咲かせた。



 * * *






 人間なんか嫌いだ。


 だから私は誰も好きになんてなれない。


 自分にすら…好きな所なんて、ない。




「――ここがクロのいる所。なんか……やだな。

 さっさと見つけて片付けようっと」

 長い髪がさらりと流れて、彼女はそこから姿を消した。




 木槿の広場から帰ると、家には兄とその友達がいた。

「……(小さいシャルトに戻しといて良かった…)お兄ちゃん、その人、誰?」

「寮で同室の杉本。今日うちに泊まることになったからな」

「……分かった」

 私はシャルトをつれて自分の部屋に戻った。


 その日の夕食の後、私とシャルト、お兄ちゃん、そして杉本君はあることについて対談することになる。が、その話はまた今度――。


 傾いて柔らかくなった太陽の光が部屋を温めていた。

 窓を開けて、外の空気を取り入れる。

 耳を澄ますといろんな外の音が聞こえてくる。

 ぼーっと眺めていた風景に、一部だけ黒くぼやけた所があった。それはすぐに消えたけど、私は何だか気になってしまった。

「鈴…?」

 私の不安を感じたのか、部屋の入口に座っていたシャルトがこちらを見ていた。

「あ、大丈夫。何でもないから」

 慌ててごまかしたけど、全然大丈夫なんかじゃなかった。

「ねぇ…シャルト…。もし、どこか遠くに行ったとしても、ちゃんと私の所に戻って来てくれるよね?」

「ん?」

 今は分からなくても良い。でも、居なくなる前に気付いてね。

 どうしてそんなにも不安を感じていたのか、私自身にも分からなかった。

 だけど……

 ――その不安は突然、現実になった。




 * * *



3*壊された街(ヒース)


 屋根の上、浮くようにして見ている人がいる。が、下校する生徒も、町の人も、誰一人として彼女には気付かない。

「へぇ……あの子が貴方の対象者? 行き先を知らない、無力な人間……」

 視線が横へ流れる。

 いつの間にかクロがいた。

「ふふっ。そんなに睨まなくても良いじゃない」

 イザラがクロに向けて指を伸ばし広げた。途端に空間が歪み、山に囲まれた長閑な町並みは一変、見晴らし良く破壊された街の風景になっていた。

「!!」

「クロにはこの街がお似合い。

 壊された街の中心に横たわる悪魔の骸……素敵じゃない」

 イザラが楽しそうに話しをしている間にも、クロはヒースを起こそうとした。

 しかし、いくら呼び掛けても応答がない。

「(おい、ヒース? 何で応えてくれないんだ!?)」

 ヒースがそこにいる事は分かるのだが、返事がないのはおかしい。昨日まで普通に話をしていたのに……。

 クロの顔に焦りが表れる。

「何を焦っているの?

 貴方にはヒースがいるんでしょう。あの双子を消した強大な力が」

 イザラが手を挙げると、どこからともなく炎の波が立ち上り、クロに向かって押し寄せる。

 クロは火の手から辛うじて逃れるばかりで、なかなか反撃できない。

 イザラの手の動きに従って動く炎の一片が、クロの手に触れた。

「熱っ!!」

 左手の一部に、深い火傷を負ってしまった。

 一時的に翼を出し、空に向かって跳ぶ。あまり高さは出ない。逃げられるわけでも無いが、炎から避難したかった。

 「小さな流れよ、我に力を――水のデリュー!」

 クロが呪文を唱えると、空を厚く覆い隠している雲から、静かに雨が降り出した。

 炎はたちまち力を弱め、光を失った街は雨音に包まれる。

 イザラがクロを見上げて言った。

「そうやって足掻くのが精一杯? とんだ見当違いだわ。

 この仕事を受ければヒースと勝負できると思ってたんだけど……がっかりよ」

 肩を落としてみせる彼女に、慣れない能力に苦戦しているクロはそれでも言い返す。

「お前が、ヒースに勝てるとは思えない…」

「そんなの、やってみないと分からないじゃない。

 貴方が馬鹿にしていた私は今、貴方を追い詰めている。もしかすると、ヒースが私に負けることもあるかもしれないじゃない?

 さぁ、早くヒースを出しなさいよ。でないと火炙りよ」

「やだ」

 さっきよりも高度が下がってきている。

 このままでは引き下ろされるのも時間の問題だ。しかし、クロは何をどう言われても、ヒースを出さないつもりでいた。

 出さない……と言うよりも、出せなかったのだが……。

 不意にクロの翼が消えた。

「!?」

 慣れない能力を使った反動で動けないクロを見下ろしながら、イザラが呟く。

「……もう力尽きたの? …つまらない。ヒースを使えばもっと楽なのに」

 分かってる。でも、そんな簡単に頼りたくない。イザラの言い方が気に入らない。

 ポケットの中、硬い物が触れた。

 手で探り、確かめる。

「あいつは……ヒースは《物》じゃない。ちゃんと意思を持った《者》なんだ」

 一か八かの賭けに、残っていた全ての魔力をかけた。











 呼ぶ声は聞こえるだろうか。


  * * *


「なぁ、ヒース……自由になれたら何がしたい?」

『自由に…? そうだねぇ……身体が、クロと別の身体があったとしても、ぼくはクロと居たいかな』

「何がしたいかって聞いたんだけど?」

『クロの手伝い』


「……今、笑ったか?」








 ……まだ、失いたくない。


 …お前が自由に動ける体はここにある。


 応えてくれ……


  応えて――






  * * *


 呼んだ声は聞こえただろうか。










 イザラは、地に伏せたまま動かなくなったクロを冷めた目で見ていた。

「ヒースを出さないなら用無しね。

 業火を纏い、身を焦がせ――火のフランユイレ

 彼女が唱える呪文の途中、クロを中心に、微かに風が生まれた。

 イザラの術は、発動とほぼ同時に掻き消されてしまった。

「何!??」

「何…って、こっちが聞きたいよ。抵抗できない相手を攻撃しようだなんて。

 ま、ぼくも人の事言える立場じゃないんだけどね」

 薄い灰色に、うっすらと赤紫の混じったような色の髪、白い肌、華奢な体。暗い、不思議色の羽。不満を表しているにも関わらず、悪魔とは思えないような優しげな目をしている。

 そこには、弱りきったクロを庇うようにして、姿を持ったヒースがいた。

 胸元に透けて見えている玉は、クロが拾った飾りだったが、今は生きているかのように動いている。

「ふわぁ~……眠気覚ましに少し動こうっかな」

 欠伸をして、クロの周りに結界を張った。

「クロ…遅くなってゴメン」

 とは言っても、薄い膜に囲まれたクロはとっくに気を失っていて、その声は届いていない。

「…あなたがヒース?」

「そう。君が待ち望んでいたヒースだよ」

 信じられないと言いかけたイザラに、ヒースは答える。喋り方は軽いのに、周りには黒いオーラが漂って、見る者に威圧感を与える。

「…実体は持ってないんじゃなかったの?」

「うん…《本当の姿》なんていうのは持ってないよ。

 本体は今もクロの中。クロが死んだら次の人。そしてまた移っていく……。

 誰にも捉えられないんだよ。ぼくは」

 声が沈んでいく。薄い色の髪がさらりと揺れて、永遠とも言える程長い年月を渡るヒースの、寂しげな表情を覆い隠した。

 次に顔を上げた時、そこにいたのはいつもの口調で話すヒースだった。

「ま、捕まるつもりもないから、問題ないんだけどね」

 雨が止んだ。

 左手を掲げるヒースの周りに、水が渦巻き始める。

 彼は静かに唱えた。

「水の三 ――《デリュージャ》」

 ヒースを取り巻いていた水の塊が一斉にイザラに向かって突っ込んでくる。

「わっ!」

 イザラは避けきれずに正面から水をかぶってしまった。

 水を吸って重たくなった服が体に纏わりついて、とても動きにくい。が、止まっている訳にもいかず、動き続ける。

 とりあえず瓦礫の山に身を隠し、得意の魔法で服を乾かす。

「隠れたって無駄だよ」

 ヒースが腕を動かすと、水もそれに従って動く。

 イザラは間一髪で避け、瓦礫の山から飛び出すと、ヒースに向かって走り寄った。

 足元から突き上げてくる水をぎりぎりの所で避けると手を伸ばし、透けて見えている黒い玉を掴もうとした。しかし、

「…うっ……」

 次の瞬間に掴まれていたのは彼女の首だった。

「――なるほど。わざわざ力を使わなくても、この玉を壊せばぼくを消せる――君はそう考えた訳だ。

 正解だよ……でも、ダメ」

 きりきりと、締め付ける力が強くなる。

「ぼくは負ける訳にはいかない。

 イザラの邪気よ消えろ――白のサンクト・ベーゼ

 一瞬、二人が白い光に包まれた。

「白い力に免疫のない君には、十分過ぎる程の術…でしょ」

 ヒースが掴んでいたイザラの首を放すと、彼女は灰になって崩れた。

「闇雲に…強大な力に触れようとするものじゃないよ」

 ヒースが風の呪文を唱えると、灰は散り散りになって遠くへ吹かれていった。

 もう、戻ることは無いだろう。




「クロ……ク・ロ!」

「……ん…」

 自分を呼ぶ声に、クロがゆっくりと目を開ける。

「? ……っ…だれだ!!?」

 いったん距離をとって身構えたが、落ち着くともう一度尋ねた。

 ヒースはクロが気を失ってから今までの事を、順を追って説明した。

「――今見えてるのがヒース…?」

「うん」

「お前がイザラを倒した……」

「うん」

 頷くヒースを見て、視線を逸らす。

 一度目を閉じ、自身に言い聞かせるようにゆっくりと呼吸する。

 ――ヒースがイザラを消した。

「……そうだよな。お前が負けるはずないもんな」

 認めるしかない。が、なにも消さなくても良かったのではないだろうか。

「他に、方法は無かったのか? お前の力は……消していくばかりじゃないだろ……」

「うん…」

 俯くヒースは胸を押さえている。

 胸にある玉の動きはとうに止まり、亀裂が走っていた。イザラを消した魔法は、ヒースにも影響を及ぼしていた。今にも壊れそうな玉を胸に、ヒースは姿を留めていた。

「…ずっと、その姿でいられる訳じゃないのか」

「……ちょっと…強いめの白魔法使っちゃって…。あはは……自分の姿を持ったまま、クロと一緒に居られたらいいのにね…」

 ヒースは寂しげに笑って言った。

「でも、もう戻るよ。クロの中に…戻る。帰ろう…鈴のいる所に……」

 ヒースの影が薄れて消えた。後に残ったのは、彼の胸にあった黒い玉。それすらクロが手にとった途端に砕けてしまった。

「……バカ」

 クロが呟くと、内側からふて腐れた声がした。

『バカって何さ』

「いや……えっと……」

 慌てて何かを言おうとしたが、言葉が出てこない。

「……と…」

『ん?』

「……あり、がとう」

『うん』


 大丈夫。ヒースが消える事は無い。

 ヒースは気に入った奴がいたら、そいつにとことん付き合ってくれる奴だから。










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