第4話 文化祭

4*文化祭


 夏休み前、私が学校から帰って来た時、クロはどこにもいなかった。

 彼は何も言わず、私の前から突然姿を消した。

 それから二ヶ月……戻って来たのも突然のことだった。


「鈴ちゃん、作品見に行こ~」

「どこから行く?」

「美術部~!」

「……て、あんた製作段階から見てるじゃない」

 今日は学校の文化祭。

 開会式も終わり、校舎に戻ろうと渡り廊下を歩いていたら、校庭に人だかりができているのを見つけた。

 美苗がさっそく興味を示す。

「…見に行ってみようか」

 ざわめく人垣を掻き分けて(とは言っても最前列までは行けなかったけど)たどり着いた先には――

「すごーい!」「なになに? 手品!?」「どこの子?」

 ――飛び入り大歓迎、生徒会主催のイベント。

 飛び入りで参加した小学生が手品をしていたところだったそうだ。

「……小学生?」

 美苗と顔を見合わせ、もう一度人だかりの中心を覗く。とても見覚えのある男の子がいる。

 手を翳せば物が動く。指を鳴らせば姿を消すことも瞬間移動も自由自在。観衆に言われるままに魔法のような手品を披露していく。

「く……クロ!?」

 思わずこぼれた声に、クロの耳がぴくりと動いた。すごい勢いで周りを見回し、観衆の中から私を見つけ出した。

「鈴!」

 左手に包帯を巻いている彼は、とても元気な顔をしていた。


 参加賞と色んな人から御捻りも貰ったクロは、「やっと見つけた」と言って、それまで持っていた荷物を私に渡した。

「クロ君、手品出来たんだぁ」

「……まあ、な」

 何だかしどろもどろだ。実際にしたのは手品じゃなくて魔法だもんね。

 ――それはいいとして。

「なんでクロが学校にいるのよ?」

「鈴の母親が、今日はおれも学校に入れる日だって教えてくれたんだ。『楽しんでおいで』って」

 そう言ってポケットから出したのは、お母さんから渡されたらしい色んな引換券。

「で、ここに来るまでにちょっと迷ってさ……あ。いたいた」

 クロが手を振って人を呼んだ。珍しい。

 ……って!

「!?」

「案内してもらった」

 呼ばれて来たのは小学校の時に転校してしまった友達だった。

「るっ…ルイちゃん!!?」

「久しぶり。鈴、美苗」

 「久し振り」って……久しぶり過ぎて美苗なんて飛び付いちゃってるよ! 勢いつきすぎてルイちゃん痛がってるよ!!

「なっ何でいるの!? いつ帰って来たの!??」

「え。昨日の夜着いて、聞いたら今日が中学校の文化祭だっていうじゃない。

 迷子を送るついでに、鈴達に会いに来たんだ」


 廊下の先を行く美苗が振り返り、私達を呼ぶ。

「はやくはやく~!」

「美苗が早いの! 本当に作品見てる!?」

「見ぃてぇるぅー!」

 私と美苗のやり取りを見ていたルイちゃんが笑った。

「ふふっ」

「?」

「……いや。『帰って来たなぁ』って思えてさ」

 すごく嬉しそうだった。

「明日にはもう向こうに帰ることになってるんだ。だから鈴達と遊べるのは今日だけ」

「……そうなんだ…」

 俯くと、視界にクロが入る。

 私達の関心がルイちゃんばかりに行っておもしろくないみたい。

 ……拗ねてる?

「べつに。鈴が楽しいならいい」

 それだけ言って、また黙り込む。

 そんな事されたら楽しさ半減なんだけど……気付いてるのかな…?


 クロのだんまりは食堂に着くまで続いた。


「次、どこ行く?」

 校舎の中をひとしきり回り、食堂で昼食中。時間をずらしたおかげでそれほど混んではいなかった。

 お腹が空いていたのか、クロは一言も喋らずにもくもくと食べ続けている。

 美苗とルイちゃんはパンフレットを見ながら相談中。

「催し物も見たい、かな」

「じゃ、体育館?」

「よし! 決定!」

 ……ぇ。もう決定!?

「もう一度見に行きたい所あったんだけど……」

 三人の視線が私に集まる。

 やっぱり、ダメだよね……。

「じゃあそっち見てからにしよう」

 ルイちゃんがあまりにもサラっと言うから、危うく聞き流すところだった。

「い…いいの!?」

「見たいんでしょ?」

「見れる時に見ておかなきゃねぇ~」

「ありがとう二人とも~!」

 ……と、はしゃぎかけて思い出す。

 ルイちゃん達が言ってた催し物はもう始まっていて、私が行きたい場所は渡り廊下を渡って校舎の向こう側。行きたい場所は正反対。

「やっぱり先に行ってて。二人までついて来たら体育館の見逃しちゃうよ」

「え~。私も鈴ちゃんと一緒に行く~」

 美苗……こんな所で駄々こねる?

「ね? 美苗。私は私の見たいものを見に行く、美苗達は美苗達で見たいものを見に行く。後で互いに教え合う。どう?」

 自分でも上手く説明できてない気がするけど、美苗は承諾してくれた。

「……分かった。ルイちゃんと観てくる」

 ごめんね。わがままで。


 クロを見るととっくに食べ終わっていて、私はクロと一緒に食堂を出た。

「気になる作品って何だ?」

 廊下を突き進む中、クロが聞いた。

 皆体育館に行ってしまったのか、校舎の中は静かだった。

「作品を見て来て何とも思わなかったの?」

 渡り廊下を渡って突き当たりの教室――美術部展示室に入る。

 後輩の元気な絵。部長の細かい絵。花、校庭、教室にいる生徒、美術部の活動風景――。

 私達の作品の中に混じる、見知らぬ絵。

「こんな絵、準備中には無かった。誰も、描いてないはずなの」

「ふうん…?」

 訳が分からないという風に首を傾げ、クロは作者不明の絵に触れた。

 違う。触れようとして、直前で引っ込めた。

 やっぱり何かあるんだ。

「鈴……」

「…何?」

 緊迫した空気が二人を包む。

 クロはそわそわして落ち着かない。ずっとうつむいたまま……いや、たまにちらちらとこっちを見る。

 もう一度尋ねる。

「なに…?」

 ――またヒースを狙った悪魔が来てるの!?

 不安が募る。

 意を決したように顔を上げると、クロは教室を出ていった。

 慌てて追い掛ける。

「ちょっ……クロ!?」

 廊下を駆け、向かった先はトイレ。

 そういえば、今日はいつも以上に食べてた。

「我慢してたんなら言いなさいよ!」





  * * *








 ぺた



    ぺた



 ぺた



    ……




 廊下を裸足の人が歩いていく。



 ぺた



    ぺた




 人……? 顔がのっぺりしてて、肌は粗削りの木片みたいで、



 まるで人形――。





 私の前を通り過ぎ、角を曲がって見えなくなった。

(?)

 気になって追ってみた。

 廊下の角を曲がる。誰もいない。

(本当に皆、体育館に行っちゃったのかな…?)

 文化祭というには静か過ぎる校舎内を歩いていく。

 北棟の廊下の突き当たりに人を見つけた。

 今度ははっきりと人だと分かった。が、すぐには声が出なかった。

「……ぇ??」

 男の子がいる。

 周囲は色で埋め尽くされている。

 彼は床に座り込み、様々な大きさの筆を使い分けて、廊下や壁に色を付けていた。

 一際目を引いたのは自分とそう変わらないだろう大きさの筆と、抱き枕くらいの大きな絵の具のチューブ(既に空になっているのがいくつか転がっている)。


 やっぱり、知らないうちに非日常を呼んでしまっていたらしい。


 壁に色を付けていた男の子が顔を上げ、目が合った。

「気に入ってもらえたかな。ボクの絵。自分でもなかなか上手く出来たと思ってるんだけど」

 にっこり笑う彼を見て、正直戸惑った。

 まるで私が彼の絵を見たのを知っているような――私があの絵に関わりがあるとでも言うような言葉。

「……あなた、誰?」

 尋ねても静かに笑ったまま。

「鈴!!」

 後ろからクロの声。やっと追い付いたみたい。

「ボクは…ペイン、とでも名乗っておこうかな。久し振りクロ君」

「おまえは――!」

 とっさに身構えるクロ。

 対するペインの方はまだ床に座ったままだ。

「警戒しなくていいよ。まだゲームは始まらない。

 一応ボクも『ヒースを取り返せ』って言われてるんだけど、そういうのはどうも気が乗らなくて……。代わりと言ってはなんだけど、ずっと君達の様子を窺ってたんですよ。

 意外にも面白い物語でした」

 にっこりと笑ってそう言ったペインは、声の調子を落として「でも……」と続けた。

「どれだけ素晴らしくても、物語はいつかは終わる」

 ペインは大きな絵筆を担いで歩き出す。

「待て」

 クロが呼び止める。

「どういうつもりだ? ヒースを奪うつもりが無いのなら、こんな事する必要も無いだろ」

「そう?」

 少しだけ振り向いたペインの優しい目は、冷たい色をしていた。

「ボクはボクの絵を仕上げたいだけ。君達は題材」

 そう言った彼は、私たちより少し離れた窓を開け、腰掛けた。

「恋なんてするもんじゃないよ。特に君達の場合、後々大変だからね」

「何言って――」

 はっとして、クロがペインに駆け寄った。

 さっと手を伸ばし触れた途端、ペインの形が崩れた。

「……土……?」



『さあ、ゲームを始めよう』



 どこからともなく聞こえるペインの声は、静かに広がって消えた。

「だから《ゲーム》って何なのよ……」

 私は周りを見回した。校内はしんとしている。

 文化祭の飾り付けが、まるで異世界に迷い込んだかのように錯覚させる。


【タイムリミットは閉会式が始まるまで。それまでにペインを見つけられればクリア~♪】


 崩れた土の中から出てきたメモ用紙には、そんな感じの内容が書かれていた。

 学校中の至る所に見付けるためのヒントがあるらしいけど……。

 食堂で休憩しつつ、思い付いたことを片っ端から言ってみた。

「ね、ペインの居場所、魔力の強い所を辿って行ったら簡単に見つけられるんじゃない?」

「無理」

 間をあけずに返ってきた答えに、不満をぶつける。

「何でよ!」

「一応あいつの作った世界みたいだからな。あいつの力はそこら中に満ちてんだ。

 時間は現実世界と同時進行。手掛かり無し。おまけに――」

 クロがテーブルに目をやった。

「どうやら気配を消すのはかなり得意らしい」

 いつの間にかテーブルの上に紙切れが乗っていた。記号のようなものが数行に渡って書かれている。

 クロに訳してもらった。

【この世では 現実さえも夢

 ふわふわ浮き沈み 彷徨う心】

 クロの手にあった紙切れを、風がふわりとさらっていった。

「あ……(飛んでっちゃった)」

「いくぞ鈴」

 立ち上がり、食堂の外へ向かうクロを引き止めて、どこへ行くのか聞いた。

 クロは戸口で振り返り、

「ペインを見つけ出す。

 学校の中を片っ端から当たっていけば何か掴めるだろ」

 そう言ってすたすたと歩いて行く。

 私は慌てて追いかけた。


――片っ端からって……そんなに時間ないんじゃないかな……。




 閉会式まで後二時間――。



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