第7話 冬の天使達 覚醒


  * * *


 ――シャルトは動かなかった。

 地面に膝をついて、起こそうとした。

「シャルト……? 目を開けて……起きて…」

 ユキはリーズを、カシギはレイテ達を抑え、て、私達に危害を加えられないようにしてくれている。

 私は必死になって祈った。

 彼の目が開いた。

「シャルト……っ」

 その喜びも束の間、私はすぐに気付いた。目を開けたのがシャルトではない事に――。

「ホントに――馬鹿だよね、あの天使達。ぼくをこんな方法で目覚めさせちゃったんだから」

 ヒースが立ち上がる。

 それは悪夢の再開。

 彼の周りを黒い《気》が取り巻いている。

「やっと体を手に入れた。これで、ぼくを封じ込めた奴らに、世界に、仕返しが出来るよ」

 そう言って笑った。

 三年前とは全く違う。

 レイテ達も危険を感じたのか落ち着かない。

「ルーク……あいつなんかヤバイよ…」

「レイテ、これはお前のせいだからな」

「二人ともいい加減にしろ! 危険だと分かっているなら、そこの黒いのを倒すのが先だろ!」

 リーズの言葉を聞いて、ルークとレイテがヒースに攻撃を仕掛けようとした。

「――煩い」

 呪文を唱えかけたところで、ヒースの出した黒い球に包まれ、

 ぱちんっ

 球ごと消された。


「同じだ――」

 天使二人が消されたのを見て、カシギが呟いた。

「あの時も、そう。

 クロ君――ヒースに敵意を持った者はことごとく消された……」

 物を壊すどころじゃない。

 全てを無に帰す、ヒースの負の力。

 カシギは私とユキをヒースから離そうとした。

「放してください! 弟達が…っ!! カシギさん!!!」

 ユキの抗議も聞かず、カシギは私達を引っ張っていく。

「黙っててくれないかな」

「でも……っ!!」

 なお食い下がろうとするユキを、カシギは睨んだ。

「君がいくら喚いたところで、消された弟は戻りませんが?」

 ヒースからある程度距離をとった所で私達を引っ張っていた手を放し、向き直った。

「今からヒースを封じようと思います。人が入ってこないよう、入口を見ておいて貰えますか?」

「……うん」

 頷くしかなかった。

 私も、関係の無い人は巻き込みたくなかったから。

「ひとつ、聞いていい?」

「どうぞ」

「……どうして、護ろうとするの? 私達を置いて、逃げることだって出来るのに……」

「それは――」

 困ったように笑って答える彼は

「――人間がいなくなったら、僕らの仕事が減るから……ですよ」

 私でも分かる、下手な嘘でその場をごまかした。

 ヒースを指差して呪文を唱え始める。

 リーズを追いかけ、消そうとしていたヒースの動きが止まった。

 術が効き始めたらしい。


 その時、私はシャルトのかけらを感じた。

 気を抜けば消えてしまいそうな……それでも「自分はここにいる」と、存在を主張する、とても小さなカケラ。

「カシギ待って、やめてっ」

「どうして?」

「まだヒースを封じないで。今封じ込めたらシャルトに戻れないっ」

 カシギは術を中断して少し考える素振りを見せた。

 素振りだけで、何も考えてなかったかもしれない。

 リーズは自力で避難していた。

「それなら少し、クロ君の帰りを待ちますか」

 頷いて、走り出した。

 ヒースが気付いて、標的をカシギに変える。

「邪魔しないでよ」

 黒い球が次々と出てきて、カシギに向かって飛ぶ。

「しない訳にはいかないので、ね」

 向かってくる球を軽く避けると、一気に距離を縮めたカシギは反撃に出た。

 ヒースの首を捕らえ、そのまま地面へ倒し込んだ。

「っ…やめっ、放せっ…」

 首を押さえる力が強くなる。

「クロ君を戻してくれたら、放してあげますよ」

「そんな……無、理……ぃ…」

 ヒースが動かなくなり、カシギは力を緩めた。

「気を失ったみたいだね」

 もうすぐ人の来る時間。その前に元に戻って――。








 * * *



 シャルトは闇の中をさ迷っていた。


 遥か向こうに光が見える。でも見えない壁があるように、そこから先に進む事が出来ない。

 入れ代わる時、ヒースの機嫌が悪かったように感じた。

 早くしないと鈴達がいなくなってしまうかも知れない。

 自分が戻った時には何もかも、なくなっているかもしれない。

 そんな不安に駆られて、シャルトは見えない壁を壊そうとしていた。

 何度試みても効果は無かったが……。

「……だめか。くそっ。

 ――!?」

 突然、苦しくなった。

 まるで首を締められているような……。


 苦しさが増して、呼吸が出来なくなって、意識が消える――前に、すぅっと苦しさが消えた。

 喉に手をあてながら、激しく咳込む。

(何だったんだ……?)

 上を見ると、光の中から降りてくる(というより落ちてくる)ものが見えた。

 ヒースだった。


 鈴がシャルトを呼んでいる。

 以前はこれで戻れたのに、今回は違う。

 見えない壁はまだ消えない。

「おい、起きろヒース」

「……え? シャルト!? 何でいるの?」

 ヒースは仰向けのまま、目を丸くしてシャルトを見た。

「出られないからいるんだ。お前ならなんとか出来るんじゃないのか?」

「?」

 ヒースがよく分かっていないような顔をしていたので、シャルトは「これだ」と壁に触れて示した。

 ヒースも壁に触れようとして――通り抜けた。

「……? ぼくは出られるみたいだよ?」

「何でだよっ! 何でおれが戻れないんだよっ!

 もう周りの奴が居なくなるのは嫌なんだ。

 でも……どうしても争いに巻き込まれてしまう……お前がおれの中にいたら誰かが消えてしまう――そんなの、もうやだ」

 シャルトの目に涙が滲む。

 静かに優しく、ヒースがシャルトに抱きついた。

「!? お前…何やって!??」

 恥ずかしさからか、顔を赤くして暴れるシャルトに構わずヒースは告げた。

「じゃあ、僕はもう外に出ない。

 ここってシャルトの中だよね? ……だからさ、この中でさらに君の中に入ったら吸収されて、意図的に引き出されない限り、ぼくは外に出られなくなる。

 君の力は上がるし、もうぼくが周りの人を消してしまう事もない。

 文句、ないよね?」

 寂しそうな笑顔。

 でも、後悔はしていない表情。

 ヒースはいつもの顔に戻ると、軽い調子で言った。

「……んー。ちょっと酷いことしちゃったかな? 人が消えてしまうのを嫌がるなんて思わなかったから」

「また誰か消したのか? ってか、今までおれを何だと思ってたんだ!?」

「天使を二人、消しちゃった。ごめんね」

「俺に力があったら……」

「吸収されたからって死ぬ訳じゃ無い。僕はシャルトの中で生き続けることが出来るから。――じゃあ、いくよ」

 ヒースは静かに、ゆっくりと薄くなってシャルトの中へ吸い込まれるように入っていく。

「もう、これでぼくが外に出ることはないよ。君が言ってたような不安はほとんど消える。

 あっ、ぼくの力は自由に使っていいからね。あと……あとは、ここから出られるかどうかは気持ち次第だよ」

 まだ何か言いたげな顔をして、ヒースは収まってしまった。

 シャルトは少し淋しさを感じていた。

「気持ち次第……か。そんな事言われてもな――」

 言葉が途中で途切れた。

 唇に何かが触れた気がした。ほんの一瞬のこと。

 シャルトは光に包まれていった。






  * * *



 以前、名前を呼んだら戻ってきたから、きっと《本当の名前》というのがシャルトをこちらに戻す鍵みたいな物なのだろうと考えていた。

 でも、動いてくれない。

「シャルトっ……死んじゃやだ」

 どうしたら良いのか分からず泣きそうになっていた時、カシギが言った。

「…鈴さん」

「何?」

「どんな呪いも魔法も解くことの出来る、最強の魔法解除法――教えましょうか?」

 最強の……魔法解除法?

 でも私、魔法なんて使えない。

「カシギ……解けるの?」

「え!?? 僕に解けと言ってるのですか? 僕は方法を教えるだけで、実行するのは鈴さんですよ! 僕には出来ません!」

 そんな首振って全力で否定しなくても……。

「私、ただの人間だけど?」

 そう言って私に出来ることを自分なりに考えたけど、カシギの口から出た言葉は、私の考えもしなかった事だった。

「ただの人間だから出来ることもあるものですよ。最強の魔法解除法、それは――」

 瞬間、顔が赤くなったことが自分でも分かるくらいに熱くなったのを感じた。

「おや。その様子ではまだ一度も?」

「しっ、してないよっ! 何よ。その意外そうな顔!」

「いえ、別に……」

 そう言ってカシギは目を逸らした。

 もう寒さを感じてる余裕なんて無かった。

「鈴、まっくろくろすけのこと、好きじゃないの?」

 いつの間にか、カシギの妹・ナユタが隣にいた。

「死なれたくないんでしょ? 他に方法が無いのなら、キスくらいしたっていいじゃない。迷うことなんて無い」

 ――他に方法が無いのなら……。

 シャルトのことは好き……なのかもしれない。

 自覚が無いままだったけど、周りにはそういう風に見えていたのかもしれない。

 けど、まさかこんな事になるとは思っていなかった。

 私はカシギとナユタに向かって言った。

「……むこう……向いてて」

 誰にも見られたくないから。


 そして――。







 シャルトがゆっくりと目を開けた。

「……鈴……! どうしたんだ、お前!? 顔真っ赤だぞ」

「だっ、大丈夫だから………っ良かったぁ。戻ってくれた。これで戻らなかったらどうしようかと思った」

 シャルトが戻ってきた事が嬉しくて、泣けてしまった。

「……泣き虫」

「違うもん!」

 周りはすっかり明るくなっていた。

 探していた白い玉、残りの四つはリーズが持っていて、全て揃ったので帰れるらしい。ただ、兄弟までは揃わなかった。

 巻き添えを喰らって消された木々も戻らない。

 双子の兄妹もいつの間にかいなくなっていた。


 いつもの朝が来て、張り詰めっぱなしだった緊張の糸が緩むと、また冬の寒さを感じることが出来た。

「寒いのか?」

「うん」

 私はシャルトを見て、あることに気付いた。

「シャルトの息って……白くないんだね」

「気付くの遅いな。まぁ、違う所があるのは当然だろ?」

「うん」

 確かに当然だよね。人間と悪魔なんだから。

 人間同士でも違う所はたくさん出てくるし、そんなことにいちいち驚いていられない。

 私達は私達の道を進もう。


「じゃあ、家に帰ろっか」

「……鈴」

 シャルトに呼ばれて、私は振り返った。

「何? ――」


 ――この先は教えない。


 知っているのは、木々と風だけ――。










  終




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