Bèicearachd Saorsa.

メイルストロム

Last will


 ──元より私は、こんなものを持つつもりはなかった。


 私は鷹騎士ナイトホークおさとして戦場を駆け回った。斧槍ハルバードを改造した戦旗センキを手に馬を駆って敵を討ち、四年もの年月を過ごしたの。始まりは自警団程度のモノであったのに、気が付けば多くの同胞を抱え騎士団と呼ばれるほどのものになっていたわ。


 ──私は小さな片田舎に産まれた、ただの田舎娘でしかなかったのにね。

 私は社交界もテーブルマナーも何も知らない、泥にまみれて元気に走り回っていた小娘でしかなかったの。けど何時しか侵略者が現れて、私達は私達の居場所を……祖国を守るために慣れ親しんだ農具を手放し、代わりに武器を手にすることを選んだ。

 怖かったけど、武器を手に取るしかなかったのよ。それがすべての始まり、私が戦場を駆る夜鷹となった理由。

 小柄な体格に薄茶けた髪色、それらが夜鷹を連想させると誰かが言い始めて定着してしまった渾名。

 本当はもっと、おしとやかで可愛い名前だけど──


 ──戦場に立つのなら、夜鷹よだかの方がいい。

 何も知らない無垢な子供の私は、こんなところにいないから。


 初めて武器を手にしたあの日から私は心を殺して戦った、沢山のものを失いながら幾度も死を覚悟して戦い続けてきたの。侵略者を前にして、首都を守ることに撤してしまった本物の軍隊の代わりに私達は戦いを続ける他なかった。

 そうして最初に陥落した都市を奪還する為に、一体どれだけの犠牲を払ったのかわからない。だけど一部とはいえ祖国を取り戻せたのは嬉しかった。たとえどんなに多くの犠牲を生んだとしても、帰れる場所を取り戻せたのは本当に嬉しかったんだ。肉体が滅びようと、その魂が帰れる先がある。帰れる場所を次の世代に残すことが出来るんだと思うと、自然に涙が溢れていたのよ。それは皆も同じだったらしく、泣いて抱き合って喜んだの。

 そこは私の産まれた土地じゃなかったけど、初めて取り返せた祖国の土地だったからね……本当に、嬉しかった。


 ──それからも私は先頭に立ち続け、侵略者達相手に戦い続けたの。

 常勝無敗とはいかないし、正規の軍人からしたら酷い指揮だったのかもしれない。手にしたものよりも多くのものを失うような戦ばかりだけど、私と志を共にしてくれる人は沢山居たわ。

 そんな彼らと共に沢山の経験を私はした。共に傷付き失いながら、失いたくないモノのために血を流し続けたの。ここに傷付いていない人は一人だっていなかった。誰もが武器を手にして、傷つけ傷付きあっていた。


 ──そこに私は居なくて、夜鷹ナイトホークがいるだけだった。


 夜鷹ナイトホークは……私は夜闇に紛れ侵略者を討つ事もした。白昼堂々と闘うには装備もなにも足りないから、被害を少なくする為にそうする他なかった。可能な限り犠牲を出さないためにと、警戒の薄い深夜から夜明けにかけての時間帯に戦う事を私が選んだ。それは卑劣な行いだと国内で揶揄されていることも知っていた。けれど失いたくないものを護るためには必要な手段なのだと私は理解していたよ。手足が無くなってもいい、一人でも多く生きて故郷へ帰れるようにするために手段など選んでいる余裕なんかなかったから。

 それに私は片田舎の小娘だ、いくさの礼儀なんて知ったことじゃない。


 ──皆が帰れる場所を、産まれた場所を、次の命が安心して生まれて来れる場所を守れるのなら私はなんだってすると決めていた。


 そうして奪われた土地を全て取り返した時、私は祖国の王に喚ばれたの。祖国奪還をした英雄を讃えたいと、そういう用件だった。私はただ護りたいもののために戦っただけだから、讃えるのなら共に戦った皆に褒美を与えてほしいと願ったの。けれど筆頭である私を一番に褒美を与えると言って聞かなかった……それが間違いだったのよ。


 ──お前は皆をたぶらかし、悪戯いたずらに被害を増やしたのだ。


 謁見えっけんの間で祖国の王に、そう告げられて捕らえられた。

 王曰く、正規軍隊を首都に固めたのは体勢を建て直す為であったという。ある程度侵攻させた段階で退路を断ち一気に殲滅する予定であったとも言われたけれど、これっぽっちも信用できなかったの。そういう計画があったのなら、どうしてもっと早くに動かなかったのだろうか。そう疑ってしまうのは、いけないことなのかな。


 ……それからの日々は酷いものでした。

 夜鷹よだかみにくいやしい、民を惑わし悪戯に戦火を拡げた厄災だ。希望の星ではなく、血煙と破滅を巻き起こす卑しい悪魔だと……罵られ、痛め付けられました。けれど、私は私の通ってきた道を──


 ──私達の行いは正しいものだと、信じています。


 例え神に見棄てられようと、私は私の為すべき事を成したのだと胸を張って言いましょう。失われた命達が帰るべき場所を、次の世代が安心して産まれ帰れる場所を私達自身の手で取り戻したと。

 祖国の王は、聡明な御方ですから……いつか私の行いを理解してくださる筈です。今はただ、理解してくださるまで堪え忍ぶ時期なのでしょう。





 ──夜鷹かのじょが捕らえられてから一月。

 おおやけの場に連れ出された彼女は疲弊し憔悴しょうすいしきっていた。毛髪はバサつき、囚人服から覗く皮膚は痣まみれとなっている。誰の目にも彼女が手酷い拷問を受けたのは明らかであり、かつての姿は見る影もなかった。


 帰る場所を守りたいと、ただそれだけの願いを胸に翔び続けた小さな鳥が彼女だった。小さな青い瞳の彼女は卑しく醜い夜鷹よだかではなく、誰もが胸に抱いていた小さな祈りを胸に飛び立ったか弱い小鳥でしかなった。



 ──彼女達が血を流し多くの犠牲を払い取り返した祖国の王は、小鳥の光を恐れ処断することを選んでしまったのだ。

 本当はただ怖くて首都に籠ってしまっただけ、自分の居場所さえあれば良いと思ってしまった哀しき君主が夜鷹を殺した。

 衆目観衆の前で身体を杭で貫き、まだ息のある彼女を炎で炙り殺してしまったのだ。


 夜鷹を──名も知られぬ小さな片田舎に生まれた彼女ラズリーを杭で貫き焼き殺した。それはあまりにも身勝手で残酷な処刑だ。いいや、断じて処刑ではない。あんなものが処刑であってたまるものかと、私達は声を上げたのだ。


 ──私達に祖国を、帰る場所を与えてくれた希望よ。



 貴女の魂に救いあれ。身勝手な卑王に破滅を──




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Bèicearachd Saorsa. メイルストロム @siranui999

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