第4話

「その器を割られた……デモーショナーって奴は、どうなるんだよ?」

「D.Eのままに動く。例えば、人を殺したいっていう感情が器を壊したのであれば、デモーショナーは人を殺しまくるよ」

 器を壊したD.Eのもつ感情によって、デモーショナーの行動は決まるという。

 陽一は、眉間に皺を寄せて、切なそうな表情を浮かべた。

「怖……でもさ、器を壊すのは殺意とは限らなくね? 例えば、『おっぱい揉みてーっ!』 ってD.Eだって──」

「器を壊すD.Eの多くが怒り、恨み……その延長線上にある殺意だ」

 陽一の例えを忌み嫌うかのように令が容赦なく遮る。

「デモンで増幅しても、それくらい強い感情じゃなければ器は壊れないんだ。ほら、最近、通り魔とか、無差別殺人とかのニュースをよく耳にするだろう。あれはね、全部デモンによって感情の制御が効かなくなったデモーショナーがやっていることだ」

 照光が捕捉するように告げた。

「それに、D.Eは厄介でね。濃度が高いから他人の器まで壊すんだ」

「浴びたらその人もデモーショナーになるって事かよ」

 照光は「そうだよ」と頷いた。

 すると、陽一は暗い顔のまま俯いた。

「……感情エネルギーって、本当は怖えもんなんだな」

 零す様に呟いたのは、崇められたエネルギーへの不信感であった。

「まあ、エネルギー資源だからね……」

 水力にしろ風力にしろ火力にしろ、いつの時代も莫大なエネルギーは命を奪ってきた。

 その中には、原子力のように、故意に命を奪う兵器のために研究されてきたものもある。

 エネルギーとは、使う人間によって、薬にもなる反面、毒にもなるのだ。

「だから、エモーショナーがいる」

 照光が明るく言うと、俯いていた陽一はゆっくりと顔を上げた。

「エモーショナーは何すんだよ? たしか、回収人、だっけ?」

「エモーショナーは、デモーショナーと戦ってD.Eを回収するんだ。D.Eは結局増幅させられたE.Eつまり、エネルギー資源の高濃度E.Eに変換できるからね」

「発電を賄っているのはほとんどがD.Eだ」

「そうか……普通の人が出すE.Eはショボいから……そういえば、俺に資格があるのは、どういう事だよ?」

「資格については、器からE.Eを大量放出した状態でも、自我を制御できる……つまりD.Eを生み出さないっていうのが第一条件だね」

「第一条件?」

 第一があるのなら、第二があるのか? と陽一は思った。

 それをエスパーのように察した照光はピースサインをして笑みを浮かべた。

「第二条件としては、感情エネルギーを目視出来る事」

「目に見えないのか?」

「お前は今まで感情エネルギーを見た事があるか?」

 令が訊く。突然話に割り込まれた上、厳しい口調に陽一は

「……ねえよ」

 と拗ねるように言った。

「いや、見ているはずだ」

 照光が否定しながら白衣の胸ポケットに入ったボールペンを取り出した。

「これ、見覚えあるでしょ?」

「ボールペン?」

 小首を傾げる陽一の前で照光はボールペンを一度ノックした。

 するとボールペンは光に包まれ、萌黄色の短刀へと姿を変えた。

 陽一はそれを見ると「あっ!」と声を上げた。

「アイツに突きつけられたナイフにそっくり。色違いだけど」

「うん。これ、僕の放出しているE.E」

「マジで!?」

 陽一は目を丸くした。目の前にあるのはどう見ても、変な色のナイフだ。

 すると、照光は柄の下にあるボタンを押した。すると、刀は姿を消して、元のボールペンに戻った。

「レイが短刀をつきつけても誰も止めなかったでしょ? これはE.Eを放出して形成している武器だから普通の人には見えないんだ。エモーショナーには見えるけどね」

「やけに物騒なもん持ってるんだな」

「これ、実は僕たちがデモーショナーと戦うための武器なんだ。放出E.E濃度を高くすると、更に大きくて丈夫な剣になるよ、あと、使い方によってはバリアにもなるんだ」

「へえ、すっげー!」

 剣やバリアなどの用語に陽一が目を輝かせていると、照光は「それにしても……」と視線を逸らせた。

 その先には、窓際のソファに座り、腕組をして目を瞑っていた令がいた。

「レイ、あまり意地悪しないでよ。僕たちの同僚になるんだからさ」

「関係ねえよ」

「まったく……ごめんね。あんな感じだけど、根は良い奴なんだ」

「はあ……」

 そうは見えないけど。と陽一は眉間に皺を寄せた。

「でも、俺学校もあるし……流石に、高校は卒業してえんだけど」

「大丈夫。エモーショナーは研究室で勉強する事で高校卒業資格取れるから」

「でも……それって、やっぱり転校するってことになるのか?」

「そういう事だね。でも専門職だから給料はとても良いよ。年収一千万は裕に行く」

 魅力的であるはずの言葉に、陽一は俯いて黙り込んでしまった。

 クラスメイトや仲のいい友人との関係はここで途切れる。だが、エモーショナーはとても貴重な存在で、生活も保障されている。陽一の心は揺れていた。

「あの、俺やっぱり──」

 陽一が口を開いたその時だった。

「陽一?」

 いつの間にか、開いていたドアから陽一を呼ぶ声がした。

「浩陸じゃん。迎えに来てくれたのか?」

 声の主は親友である浩陸だ。心配して探しに来てくれたのか、と思った陽一は彼の元へと近づく。

「エモーショナーって……どういう、事」

 浩陸をよく見ると目の焦点は合っていない上に顔面が蒼白だった。

 譫言のように零された言葉は火が消えたように、か細かった。

 浩陸の様子は明らかにいつものものとは違っていた。親友だからこそ、陽一にはそれが分かった。

「どうしたんだよ、お前……」

 心配だった。だから、陽一は浩陸の元に歩み寄る。

「離れろ!」

 令が、焦燥感を含んだ命令を叫ぶ。

「え?」

 応接室は、ピンク色の閃光に包まれた。

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