第5話

「縺ュ縺医?√←縺?>縺?コ具シ溘??縺昴?莠コ縺溘■縺ォ菴輔r險?繧上l縺溘??」

聞き取れない言語が、聞こえる。

 ──あれ? これ、浩陸の声だ

 声の主は分かった。しかし、目を瞑っていたから状況は分からなかった。

 ──何が、あった?

 陽一はゆっくりと瞼を開ける。

「くっ……」

 陽一の目の前には白衣の背中があった。陽一を庇う形で照光が前に立っていた。

 そして、辺りには季節外れの桜のように微粒子が舞っていた。

「大丈夫?」

 照光は、漆黒のごつごつとした防毒マスクで覆われた口元から言葉を紡ぐ。

「……西島さん?」

 砂塵で多少白衣は汚れていたが、照光に怪我はないようだった。

 だが、その割には、苦しそうな表情に冷や汗が伝っている。

「テル!」

 照光と同じタイプの防毒マスク越しに令が叫ぶ。

「大丈夫だ! レイ!」

 照光は無事を告げる。

 だが、令は安堵する事なく、すぐさま照光の元に駆けつける。

「大丈夫なわけ……馬鹿野郎! 」

 令は泣きそうな声で照光を強く叱責した。だが照光は心配をよそに、通知の光を放つ左耳のインカムに手を掛けた。

『こちらバク。レイ、テル応答お願いします』

 インカムから、ドスがきいた低い声が漏れる。

「こちらテル。どうぞ」

 照光が先に応答する。

「こちらレイ。チユキ、情報を頼む」

『こちらチユキ。対象デモーショナー、-型マイナスタイプよ』

 今度は、女の声が漏れる。チユキと称した彼女はデモーショナーの情報を伝えた。

「……放出D.E濃度は」

『そうね、900Eは出ているわ』

「900Eだと……っ!」

 数値を聞いた令は絶望の表情を浮かべた。

『レイ、どうしたの? 900Eなら並のエモーショナーだと思うけど』

「いや、なんでもない……」

 令はマスク内にぽつりとこぼす様に言うと白衣をなびかせ、桃色のオーラを纏った浩陸の前に立ちはだかった。

「菫コ驕斐?∬ヲェ蜿九□繧医↑?溘←縺?@縺ヲ髮「繧後k繧薙□?」

「……バク、指示を」

 令はバクと呼ばれた男に淡々と指示を煽いだ。

『-型なら、まずはレイが前線に立ち、盾になってください。ある程度デモーションが放出したら、テルがとどめを刺してください』

「了解」

 指示を聞くと、令は前線に立つ。彼の左手を包む黒色の手袋から、浅葱色の微粒子が滲むように放出された。

「セロトニンE.E。防御出力ON」

 令が粒子に命じると、浅葱色の粒子は幾千もの放物線を描き、すぐさま陽一たち三人をドーム状に包んだ。

「縺ェ繧薙□繧医♀蜑阪??區荳?繧偵←縺?☆繧区ー励□」

すると、浩陸がピンク色の粒子でできたビームを三人を包むドームの方へと放った。

「ひっ! なんかきた!」

「大丈夫」

 照光が自信を持って言う。

 放たれた光線は、浅葱色のドームに当たると、反発して、地面へと煙を撒いて儚く消えてしまった。

「すっげー! 跳ね返した! なにあれ!」

「この、テントはD.Eを反発させる効果があるんだ。この中に居れば、安全だからね」

「へえ、とにかく凄……」

 安心を伝えるはずの照光の言葉に子供のようにはしゃいでいた陽一は、電池が切れた様にぴたりと動きを止め、顔を青くした。その顔を照光に向け、震える声で訊いた。

「今、D.Eって……」

「……これまでの話を聞いていれば、なんとなく分かるよね」

 陽一は、混乱しながらも、これまでの出来事を整理した。

 正気を失い理解不能な言語を口にする浩陸から放たれるピンク色のオーラ。それを防ぐ白衣とガスマスクのエモーショナー。

 インカムから洩れていたデモーショナーという言葉。そこから導き出される答えは──

「浩陸は……デモーショナー?」

「そういう事。僕たちはね、君の学校にデモンが仕込まれていることを聞きつけて来たんだ。潜入捜査ってやつだね」

「そんな……」

 親友がデモンによって心を壊された。突きつけられた事実に陽一は絶望するしかなかった。

 その時、令と照光のインカムが再び光り、通知を受けた。

『放出D.E解析完了。系統「執着」よ。レイ、セロトニンE.E補充は必要かしら?』

「ああ、頼む」

 三人を包む浅葱色の膜は氷が融けるように徐々に薄くなっていた。令のE.E残量が少なくなってきている証拠だ。

『了解。テルは、E.E補充、どう?』

「僕は要らないよ」

『要らないって……アンタ、まさか!』

「当てられちゃった。D.Eに」

 照光が答えると、チユキは暫く沈黙して

『……そう』

とだけ答えた。


「執着のD.Eってどういう事だよ!」

 陽一は、バリアの中で照光に訊く。

「……彼の中にある、執着の感情がデモンによって増幅されて、器を壊した」

 照光はばつが悪そうに陽一に告げた。

「執着の対象は……君だよ」

「俺が……?」

「これは、仮説だけど……きっと彼は、君がエモーショナーになって離れ離れになってしまう事を知ってしまって、離れたくないというD.Eを放出してしまったんじゃないかな」

「浩陸は……俺と離れたくなくて」

「だから、このD.Eは君に向けられているんだ」

 D.Eが放出される方向は常に陽一の方だった。しかし、陽一の前には令が立ちはだかっている。

 令がバリアを張っている限り、そのD.Eが標的である陽一に当たる事は無かった。

 浩陸が放つD.Eのピンク色は徐々に淡くなってきた。放出が進み、濃度が下がったのだ。

 二人のインカムが再び光る。

『対象、放出D.E濃度90Eまで低下。100E未満を確認』

『攻撃許可。テル。今です』

「了解」

 今度は照光が前に出る。

「さて、僕の出番だ」

 そう言うと、白衣の胸ポケットに入ったボールペンを取り出す。

 刃先を起動しビーム部分は蛍光灯のように白く輝いた。その刀身に陽一は疑問を浮かべた。

 ──あれ? さっきは黄緑色だったのに?

 白衣と同じ色のビームサーベルは、あっという間に浩陸を包み込んでいる、淡い桃色のD.Eを切りつけた。

「縺?o縺ゅ≠縺ゅ▲!」

D.Eを切られた浩陸は叫び声を上げながらその場に倒れた。

 浩陸はぐったりとしていて動かない。放出しているD.Eも攻撃が出来るほどの濃度ではなくなったのだろう。濃いピンク色の粒子は淡い桜色になるまで薄まっていた。

「浩陸!」

 陽一は倒れている浩陸の元に駆け寄った。

 だが、その前に、令が薄い袋の中に浩陸を収めてしまった。

「D.E残留あり。デモーショナーを回収」

『了解』

 ──回収? 浩陸を?

 友人に対して行われた事務的な行為に、陽一は不信感を抱いた。

「おいアンタ! 浩陸をどうする気だよ!」

「お前には関係ない」

 一刀両断するように令は言う。それでも陽一は食い下がった。

「こいつは俺の親友だ! それに、俺のせいで……」

「いいよ。ついておいで」

 了承したのは照光だった。

「ただし、J EEAでエモーショナーとして働くことを約束するなら、ね」

 陽一に出された条件はエモーショナーになる事。

 それは、陽一が葛藤していた、今の生活や友人を捨ててしまう事だった。

 だが、自分のせいでデモーショナーとなり、連れ去られそうになっている親友を目の前に、陽一は決心した。

「……分かった」

 エモーショナーとして、生きていく事を。

「了解。じゃあ、J EEA本部に帰還しよう」

 照光は笑顔を浮かべながら言った。だが、相棒である令は表情を歪ませた。

「テル、お前……」

「彼がエモーショナーになるなら、別にいいでしょ」

「いや、しかし」

 令が頑として陽一の同行を拒否しようとすると、照光はゆっくりと微笑んだ。

「最後になるかもしれないんだ。解ってくれよ」

 朗らかな声はすこしだけ憂いを帯びていた。

「……勝手にしろ」

 結局、令が折れる事になった。

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