第6話
照光と令は校舎の外に停めていた社用車の様な白いバンに乗る。
ドアの板金には、彼らの白衣に刺繍されたものと同じ『J EEA6Lob』の文字が刻まれていた。
令が運転席に乗り、ハンドルを握ると、照光が当たり前のように助手席に座った。陽一はおじゃましますと小さくお辞儀をして後部座席に座った。
トランク部分には、ビニールに包まれた浩陸が乗せられていた。異様な雰囲気だった。
本部へ向けて走り出しても、車中のつんとした沈黙に耐え切れず、陽一は「あの」と呟いた。
「何だい?」
照光が振り向いて答えた。切り出したのはいいものの、続く話題を考えていなかった陽一は「あ、えっと……」としどろもどろになってしまう。
「あっ! -型、って何? 好みのタイプとか?」
ようやく質問を絞り出す。インカムから聞こえた言葉で分からないものを訊くことにした。
「デモーショナーとエモーショナーには二種類のタイプがあるんだ。
陽一はふむふむと頷きながら照光の話を聞いた。令は話題を無視するように車を運転し続けた。
「さっきの講演会でドーパミンとノルアドレナリン、それを制御するセロトニンの話はしたよね」
「ええ!? あ、そんな話も……あった、な、うん。あったあった」
陽一は勉強が苦手だ。専門用語の羅列になっていた箇所では睡魔と戦っていた。
「+型は感情発散タイプなんだ。つまり、ドーパミンとノルアドレナリンを放出するタイプなんだよ」
「じゃあ、-型は?」
「-型は感情抑制タイプ。セロトニンでドーパミンとノルアドレナリンを抑えすぎるタイプだ」
「抑え、すぎる?」
「莫大な感情を抑えすぎて、逆にセロトニンを放出してしまう……つまり、感情を抑えるための物質を器から放出するのが-型だよ」
「感情を抑えるエネルギーが有り余るって事か!」
「そういう事。基本的にデモーショナーもエモーショナーもE.E放出の仕組みは同じなんだ。制御できるかできないか、デモンが取り付けられているかどうか。の違いだけだよ」
「なるほど……」
車はガタガタと音を立てながら、山道を登っていく。
「そして、-型のデモーショナーには-型のエモーショナーのE.Eが盾となり、+型のE.Eは攻撃が出来る。これはデモーショナー側も同じだ。デモーショナーの放出するD.Eが-型であれば、+型のエモーショナーには攻撃になる」
「つまり、型が同じだと反発するから防御に、型が違うと吸着するから攻撃にって事?」
「その通り。だから僕らは二人一組で任務に挑むんだ。ちなみに僕は+型で、レイは-型だよ」
それを聞くなり陽一は顔を歪め、運転をする令の顔をルームミラー越しに見つめた。
「この運転手さん、感情を抑え込んでいる割にはずけずけと悪口言ってたじゃん」
「黙れ」
運転席からようやく声がした。それを聞くと、照光は「あはは」と笑う。
「あれはね、本当に実験だったんだ」
「実験って、E.Eを放出させるっていう?」
「それは建前。皆を怒らせて、E.Eを放出させる。それでデモーショナーをあぶりだす予定だったけど、まさかエモーショナーが見つかるなんてね」
デモーショナーの存在はエモーショナーである彼らにとって想定内だったが、陽一の存在は想定外だったようだ。
「結果、デモーショナーを見つけられたから問題ない」
令はそう言うと、車のブレーキを乱暴に踏んだ。
「おっ、着いたね」
照光は早々にシートベルトを外して、ドアを開けて外に出る。
陽一も続くように車外に出た。辺りには森に広がり、ここが郊外の山の中である事は分かった。
「ようこそ、J EEAへ!」
森の中には切り分けた豆腐のような白い立方体がポツンと佇むだけであった。
一軒家よりも小さなそれは、とてもエネルギー資源の総本山と呼べるような場所には見えない。
「ここが? 案外ショボいじゃん」
「馬鹿か。ここはただの入り口だ」
令が憎まれ口を叩きながら、照光と白いキューブの中に入っていく。
陽一は「ちっ」と舌打ちをしながら後に続く。
「う、わあ……なんだここ」
中もまた、白いキューブが、ぎっしりと敷き詰められた殺風景な部屋であった。
入口の左手には受付と書いてあるテーブル、右手にはカードリーダ付の扉があるだけだ。
照光が、カードリーダーに、白衣に付けていたカードをかざす。
その後、ドアのじわりと光る部分に指を触れて指紋認証をし、続いて網膜認証を経て、扉はピーと音を鳴らした。
『認証完了。オカエリナサイマセ』
「ただいま」
照光そう言うと、『声紋認証完了。開錠シマス』の音声と共に扉が開いた。
厳重なセキュリティの先は地下へと繋がる階段だけがあった。それを一歩一歩、下っていく。
階段を十三段降りたところで、開放感のある空間へと出た。
「ここが、J EEA本部だよ」
地下に広がるJ EEA本部はエネルギー資源の開発拠点として相応しい近未来的な施設だった。
「すっっっっげええええええっ!!」
白と透明を基調とした建物内部は地下六階までの四角い吹き抜けとなっていた。廊下の柵はガラス張りで、歩いている白衣の人物や廊下の様子が分かる。よく見ると、各階に実験室や宿舎などがあった。
「なにこれ、映画? 本当に日本? いや、地球? ていうか何で地下?」
陽一は目を輝かせながら吹き抜けを眺めながら、スマホで写真を撮ろうとする。
「あっ!」
だが、そのスマホはすぐに、令に取り上げられた。
「おい! 何すんだよ」
「撮影禁止だ。これは俺が預かる」
令は、白衣のポケットに陽一のスマホを入れてしまった。
「ごめんね。J EEAはこの国のエネルギーの心臓部分だからスマホの持ち込みは禁止なんだ。地下にあるのも戦争が起きた時に狙われたりしないようにだからね」
「へえー」
「僕たちの拠点。第六
そう言うと、三人は地下へ抜けてすぐ壁際にあるエレベーターへと乗り込んだ。
令はB6FとB10Fのボタンを押す。ボタンはB1F~B10Fまでの十個しかないので、B10Fが最下階なのだろう。
B6Fに到着すると、照光はエレベーターから降りようとする。
「第六研究室って?」
「僕たちはチームなんだよ」
「ほかにも誰かいるのか?」
「インカムから声がしたでしょ。あれはオペレーターとマイスターからの指示なんだ」
ああ、そう言えば、と陽一は思い出した。
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