第1話
二〇XX年七月某日。
気象庁から梅雨開けが告げられると、待っていましたというように夏の暑さがどこにでもある高校の校舎内を襲っていた。
冷房の効いていた教室を出て廊下を歩くだけでも、汗が滲む。
「あー、もう。こんな暑いのに課外授業かよ……」
太陽に照らされると、髪は派手な橙色に輝いて余計に暑さを増幅させるようだ。陽一は根源である太陽を琥珀色の双眼で恨めしそうに睨みつけた。
「そんな事いうなよ。陽一」
廊下を歩いていると、陽一の友人である
彼らは課外授業が行われる体育館へと向かっていた。五時間目の講演会のために。
「『この暑い中、わざわざ偉い研究者さん達が特に頭が良いわけでもないうちの高校に来てくれるんだ、貴重なんだぞ』って、先生言ってたじゃん」
浩陸は担任のモノマネをしながら言う。
「研究者? 何の」
「J EEAだよ」
「じぇーいーいーえー? なんだそれ」
「ジャパンエモーションエネルギーエージェンシー。感情エネルギーの研究機関だよ」
「感情エネルギーって……電気とか作っている所だっけ」
「そうだよ。ここ十年オール電化や電気自動車の普及に一躍買ったのが感情エネルギー。まあ人間がいれば発生するからね。今やこの国の発電の八割が感情エネルギー発電なんだよ」
講演内容を知った陽一は「なーんだ」と脱力した声を出す。
「文系の俺には関係ねえじゃん」
「どうせ感想書かされるんだから、ちゃんと聞いておくんだぞ」
浩陸はまともに話を聞く気が無い陽一に、しっかりとくぎを刺した。
「えー、絶対寝そうなんだけど。俺」
「寝てたら後ろからデコピンするからな」
「うっ……へいへい。分かりましたよ」
真面目な友人の監視の元ではサボれないなと、不真面目な陽一は肩を落とした。
真夏の体育館には、生徒全員がスーパーで陳列されている食品のようにきれいに並んでいる。
とはいえ、暑さに当てられ、手を扇にして仰いでいる者や制服のネクタイを緩める者もいた。
「こら、そこ。だらしがないだろ」
生徒指導部の教師はそういった生徒に対して蛇のように睨みを利かせ、指導する。
「せっかくお客さんが来るんだ。きちんとしろ」
有名な研究機関のお客様が来ているからか、教師の指導はいつもよりも厳しいものだった。
心なしか、体育館の空気もピリピリとしている。
始業のチャイムが鳴ると、教師はステージに上がった。
主幹教諭がマイクを手に取り、厳かな声で挨拶をはじめた。陽一はあからさまに嫌な顔をした。
なぜなら、この主幹教諭の話はいつも無駄に長い。その上、同じことを別の言い方で繰り返すだけで退屈であった。
三年生である陽一や彼の同級生はそれをよく知っている。
「今日は感情エネルギー研究開発機関……J EEAの西島先生と東海林先生がお越しだ。皆に感情エネルギーの課外授業を行う。講義後、HRで感想を書いてもらうからなしっかり聞いておけよ……以上」
だが、今日の挨拶は存外、あっさりとしたものだった。
さすがに、外部講師を長く待たせるわけにはいかないのだろう。陽一はラッキーと思いながら口角を上げる。
挨拶が終わると、すぐさま白衣を着た男が二人、ステージ上に現れた。彼らは二十代半ばくらいの若者であった。
白衣にはよく見ると左肩の部分にJ EEAいう文字と共に06 lobと刺繡がされていた。
こげ茶色の短髪で、いかにも真面目な研究員といった雰囲気を纏った男がマイクを受け取る。
「皆さんこんにちは。感情エネルギー研究開発機関、通称J EEAの
風のように爽やかな声と陽だまりのように明るい笑顔で照光は生徒たちに挨拶をした。
すると、もう一人の研究員にマイクを手渡す。
もう一人の風貌にどうやら、周りの生徒がざわついている。
「水色の髪って……」
「えー、でも格好良くない? 白衣にはメガネだよねー」
「私は西島先生の方が好み! 優しそうだし」
主に女子生徒が黄色い声で話していた。
薄い水色の髪を肩に付くくらいまで伸ばし、銀縁のメガネ越しから見えるじとっとした瞳はラピスラズリのようだった。まるで異国の存在のような出で立ちをしている。
もう一人の講師は良くも悪くも目立つ。隣にいる照光が素朴な青年であるため、より一層。
「……同じく、
目立つ方の研究員もとい、令は低い声で無愛想な挨拶をすると、すぐにマイクを照光に返した。
「本日は、皆さんにE.Eの仕組みを知ってもらうために参りました。よろしくお願いいたします」
照光は深々と頭を下げた。生徒や教師からの拍手を浴びて、顔を上げると「さて……」と切り出す。
「早速ですが、皆さんに感情はありますか?」
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