第9話
「そこまで」
温かみを纏った落ち着きのある声が、終了を告げる。
その言葉が掛けられた瞬間、あれ程暴れまわっていた、陽一と令の放つ大量のE.Eは、サターンへとに集中する。
そのまま、吸収されサターンは浅葱色と橙色に眩く輝いた。
「覚醒おめでとう」
突如現れた人物は拍手をしながら労うように声を掛ける。年齢は四十代あたりだろうか。
白衣を着た優しい中年男性という雰囲気だ。
「それにしても大変だったね。すごいE.Eの量だ」
「朝比奈先生……」
令は、正気を取り戻したようで、優しい声の主にをじっと見つめて、呟いた。
その瞳は、どこか懐疑的だった。
「おかげ様で、良いデータが取れたよ」
「データ……だと?」
「君のE.E出力をMAX値にしたとき、どうなるかを見られた。器の無い、君のね」
令は、はっと目を見開いた。
「まさか、その為にテルを!」
「違う。そんな倫理に反した事を私がする訳がない」
征士郎は照光を悼むように目を瞑る。
「じゃあ、どうして」
「テルだよ。彼に頼まれて私はE.Eのデータを取っていた」
「テル……が?」
「そう。テルはね、君の目の前で自ら命を断った時、君のE.E出力は最大になると考えていたんだ」
令は動転したまま、目尻をひくつかせていた。
「なぜ、テルがそんな事を!」
「君を覚醒させるためだ」
征士郎の一言に、口の動きをぴたりと止めた。
「テルがもともと研究者なのは知っているだろう? 彼の研究内容は、君を覚醒させる事だったんだ。実験は見事に成功。君は覚醒し大量のEEを扱うことができるようになった」
すべては照光の願っていた通りに進んでいた。
それでも、令の警戒は解けない。だが、征士郎の視線は令の方を向いていなかった。
「だが、それよりももっと面白いものが見られた」
征士郎の言葉に令は「何?」と眉をひそめた。
「E.Eの干渉だよ! 東海林くん、君の莫大なE.Eがそこの少年に干渉して、彼も覚醒した!これはエモーショナーの覚醒に大きく役に立つ!」
征士郎は両手を蝶のように広げて大声で言った。
「君、名前は?」
そう言って、征士郎は、今度は陽一に歩み寄る。
「お、俺? 木津陽一、です」
「君も東海林君と同じタイプでね。自身のE.Eで器を補っている」
「はあ」
「しかし、東海林君のように完全に器が無くなっていない。器に傷が入っていて、それをE.Eで塞いでいる感じだね。それなのに彼と互角のE.Eを出力した。つまり東海林君のように器を失くせば……」
「強く、なるのか?」
「EEを制御する器官がなくなるんだ、最大放出量が桁違いに上がるはずだよ」
「制御ができない……さっきの俺達みたいに?」
「すぐに制御できるようになるさ。それに、器はエモーショナーにとってウィークポイントでもあるからね。テルも器を壊されて戦う事が出来なくなった」
どうやら、器をE.Eで補う事が出来るエモーショナーは珍しいらしい。
照光は-型D.Eを浴びてしまい、器を傷つけてしまった。そのため、戦闘不能の体となり、そのまま──
「戦闘中に器が無ければ思う存分E.Eを出力できる」
令のように器がない場合、器を壊すリスクは無い。つまり、無敵である。
納得をしたのも束の間、征士郎は「そうだ!」と言って陽一の手を握った。
「そうだ、君。私と組まないか?」
「え、えええ?」
「成功報酬はたんと用意する──」
「それは無理です」
陽一が答える前に断りの言葉がB10Fにぴしゃりと響く。
「木津陽一は
令はそう言って、征士郎の方をけん制するようにして言った。
「……はあああああああああっ!?!?」
その言葉に一番取り乱したのは当事者であるはずの陽一であった。
一方、征士郎は余裕の笑みを浮かべる。
「駄目だと言ったら?」
「エモーショナー候補の管理権限は取得研究室にあります。貴方が手を出せる範疇ではないかと」
令が牽制するようにつらつらと規則を口にすると、征士郎は肩をすくめた。
「仕方ないな。分かった。好きにしなよ」
だが、これで終わることはない。征士郎は「ただし」と低い声で付け加える。
「こいつは厄介な暴れ馬だ。問題を起こしたときには……わかっているね」
「ええ、そのつもりです」
令も毅然と答えた。すると征士郎は
「期待しているよ、第六研究室には」
とだけ言い残して、地下十階の研究室へと入ってしまった。
光を失った黒いサターンの前に、令は呆然と立ちすくんでいた。
「レイ!」
エレベーターから声がする。こちらの方へかつかつとヒールの音を立てて、走ってきたのは千幸だった。
「テルが居なくなったの! アンタ、心当たりない?」
千幸は令の肩を両手で掴み、視線を合わせた。
しかし、令の濁った紫色の瞳は焦点が合っていないようだった。
「……あいつは、あの中に入って死んだ」
ゆっくりと、黒い土星をかたどった炉を指差して令は呟いた。
「なっ……どうしてそんな無謀な事を!」
「俺を、覚醒させるためだ」
令は驚くほど淡泊に言葉を紡いでいた。目の前で相棒を失ったとは思えないほど冷静に。
「だから言っていたよ『カミサマに使われるなら本望だ』って」
だが、その言葉には恨みと嫌味という棘が含まれていた。まるで、陽一に向ける嫌味と似たような棘だった。
「あの子、そんな事言ったの!?」
「それが、あいつの実験だったんだ。俺を覚醒させるためのな」
「レイ……」
「結局、俺はあいつにとって、実験体だったんだ」
令は嘲笑するように言う。千幸はもう、何も言えなくなった。
「……悪い、一人にさせてくれ」
そう言うと、令は一人で研究室へと帰ってしまった。
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