第10話

 陽一は千幸と研究室に戻った。令の姿は無い。皿洗いをしている獏に訊くと「寝室に籠っています」と答えが返ってきた。

 陽一と千幸はダイニングテーブルを挟んで向かい合う形で椅子座った。

 先に口を開いたのは陽一だった。聞きたいことがたくさんあった。

「なあ、チユキさん。カミサマって?」

 突然出てきた存在に陽一は聞き返す。

「朝比奈征士郎の事よ。彼は第零研究室のエモーショナーでね……」

「あの人のチームもあるの?」

「いいえ、第零研究室は彼一人。彼は±型のエモーショナーだから一人で戦えるの。その上器も頑丈で巨大……エモーショナーの中ではカミサマと言われているわ」

 規格外の強度とサイズの器を持った上に、+型と-型のE.Eを切り替える事の出来る征士郎は正に不死身のエモーショナーとされ、神と崇められていた。

「そのカミサマは、テルさんと仲良かったの?」

「もともと朝比奈先生は第六研究室のエモーショナーなの。テルと組んでいたのよ」

 征士郎は照光はもともと相棒関係だった。しかし、征士郎は第零研究室を設立した。

「それが、一人で戦えるようになったから、第六研究室を離れた。代わりにレイがテルの相棒となったわ。二人は同い年でね、いつも一緒に居たわ。良い相棒であり、兄弟のように仲が良かったのよ」

「そう、だったのか」

「だからこそ、レイはテルがカミサマを慕っているのをよく思わなかった」

「へ?なんで」

「アンタ案外鈍いわね。嫉妬よ」

 嫉妬? 誰が?と陽一の脳内はますます混乱していく。

「仲良しの相棒の元相棒が、自分よりもけた違いに強いなんて普通嫌でしょ?」

「うーん……まあ」

「だからこそ、テルが最期に放った言葉はレイの感情を覚醒させた」

 照光は最期に、元相棒であるカミサマの名前を口にした。それは、照光がたった一人の相棒であった令にとっては、耐え難い屈辱であったのだ。

「……なんか、可哀そうだな」

「エモーショナーって、そういうものよ。感情を武器にするんだから、手段なんか選べない。だからバディを組んで、お互いの感情を高ぶらせるのよ」

「……バディか」

 ぽつりと降り始めの雨のように呟くと、陽一は立ち上がった。

「だったら、俺のやる事は一つしかないな」

「ちょっと、キヅくん?」

 陽一は、居間から離れ、寝室へと向かった。自分の寝室ではない。令の寝室だ。

 部屋同士の扉は無いため、あっさりと侵入出来た。

 真っ暗な部屋の中、令はベッドにうつぶせになっている。眠ってしまったのだろうか。

「おい、寝てんのか?」

 陽一は声を掛けて確認する。

「……一人にしろって言っただろ」

 気配に気づいた令は大層迷惑そうに、低い声で言った。

「でも、俺のせいで──」

「ああ、そうだ。お前のせいでテルは死んだ」

 照光は陽一を庇ってD.Eを浴びてしまった。つまり、陽一がいなければ、照光は死ななかった。

 その事実だけが胸に刺さる。それでも陽一は言葉を絞り出す様に紡いだ。

「……実験体だったアンタに、生きる喜びを教えてくれた唯一の相棒、だったんだよな」

 陽一の言葉に、令は上体をがばっと上げた。そのまま、陽一に迫り、胸倉を掴む。

「お前、どこでそれを!」

「アンタのE.Eに充てられた時に感じたんだよ」

 令のE.Eから見た情報だけを、陽一は毅然とした態度で口にした。

 彼が抑え込んでいた感情が流れ込み、それは、とても哀しいもので──

「それなら話は早い」

 陽一の脳内で流れる感情を遮るように令は口を開く。

「俺はお前が憎い」

 令は陽一を睨みつけて、突き放す様に言った。とても、新たなるバディに対する物では無かった。

「顔も見たくないし、同じ空気を吸いたくもない。何なら、今すぐにでも殺してやりたいくらいだ」

 陽一を睨みつけながら当てられる殺意に、陽一はたじろぐ。

 だが、令はひと呼吸おいて「だが」と続ける。

「だからこそ組む事を決めた」

 ──憎いから、組む? 

 陽一には意味が分からなかった。仲が良かった照光と組んでいた令が、嫌いだと豪語する自分と組む理由が。

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