第3話

 陽一が連行された応接室と書かれた部屋には、上質なテーブルにはティーカップが二人分並んでいた。恐らく、ここは照光と令の控室として利用されているのだろう。

「離せよ! 何なんだよアンタ!」

 だが、そこに生徒である陽一が連れ込まれた。

 これがどういう事か? 陽一自身に心当たりなどあるはずもなく、荒い口調で抵抗するしかなかった。

「痛あっ!?」

 だが、陽一は令によって革張りのソファへと投げ飛ばされてしまった。

 一見ひ弱そうな研究員の令のどこにそんな力があるんだというツッコミを入れる前に、令自身が先に口を開いた。

「名前」

 たった二文字をため息と共に吐き捨てる。

「は?」

 陽一は表情を歪める。令はそんな彼のネクタイをぐいっと引き、無理矢理視線を合わせた。

「名前を教えろ」

 問われたのは名前。しかし、陽一は鼻を鳴らして煽る。

「名前? 知りたければ、先にそっちが名乗れよ。この、礼儀知らず!」

「最初に名乗っただろう。阿呆が」

 ステージ上で投げつけられた罵倒と同じものが、今度は陽一個人に突き刺さる。

「なんだとっ……!」

 陽一が上体を起こして、正に一触即発という時だった。

 応接室のドアがガラガラと音を立てながら勢いよく開く。

「おい、レイ!」

 ドアを開けたのは、照光だった。彼はすぐさま陽一と令の間に入り、二人の睨み合いを止めた。

 照光は陽一に心配するように宥めながら言う。

「なんで俺連れていかれたんだよ? ちょっとキレただけじゃん」

「ごめんね、ちゃんと説明するから」

 すると、何も分からない陽一は訝しげに「はあ……」とだけ言った。

「単刀直入に言うと、君には僕たちと同じ、エモーショナーとしての資格があるんだ」

「エモーショナー?」

 なんだ、それは? と言うように、陽一はおうむ返しをする。

「感情エネルギーの回収人だ」

 令が一言で答える。だが、陽一には何の事だがさっぱりだ。

 照光が一から説明しようと、陽一に向かい合う形でソファに座り込んだ。

「感情エネルギーについてはさっきの講義で説明したよね?」

「まあ……感情のエネルギー、だっけ」

「そう。感情エネルギーは大きく分けて二つ。E.EとD.Eがあるんだ」

「なんで二種類に分かれてんだ? どう違うんだよ」

「うーん。本質的には二つとも同じものなんだ。とりあえず先にE.Eの話をするね」

 講演会の時と同じ、爽やかな笑顔で照光は話し始めた。

「E.Eはエモーションエネルギーの略だよ。一つは皆が日常生活で出している微量の感情エネルギーだ」

「微量?」

「多くても1mEミリエモーションが限度かな。あっ、エモーションって言うのは感情エネルギーの濃度の単位の事だよ。1mEでこのスマホを1%充電できるかくらいだ」

「少なっ!」

 陽一が驚いたように声を上げ、「なんだ、E.Eショボいじゃん」と唇を尖らせる。

 すると、照光は人差し指を突き立てて、不敵に笑った。

「もう一つは僕たちエモーショナーが出している、器で制御されている感情エネルギーの事だ」

「器で制御されている?」

「器は感情の受け皿、つまり心だね」

 そう言って、照光は自身の胸に手を当てた。

「さっき、日常生活で出すE.Eは1mEが限界って言っていたよね。普通の人なら大体、1Eを放出するとそのエネルギーで器が壊れるんだ」

「……心が、壊れるのか?」

「そうだよ。まあ、日常生活ではまず起きない事だけどね」

 物騒な話に不安になっていた陽一に「安心して」と照光は言った。

「ただ、極稀に10E以上のE.Eを出力しても器が壊れない人間がいる。それが僕たちエモーショナーだ」

 照光は堂々と言う。自分達は、特別であるのだと。

 器が壊れない人間。そして、自分にもその資格がある。陽一は一つの答えにたどりつく。

「……もしかして、俺も感情エネルギーめっちゃ出してた?」

 苛立ちで令に掴みかかった時、陽一からは大量の感情エネルギーが放出されていた。

「それはもう。100E以上はあった! な、レイ」

 令の方を振り返りながら照光は嬉しそうに言った。

「……300Eだな」

 対照的に令は、ぼそりと数値を口にした。

「それってすごいのか?」

「即戦力ってところかな。大体10Eは必ず必要。50Eで何とか一人前って感じだから」

「ふうん」

 いまいちピンと来ていないのか、陽一は頭を掻きながら話を聞く。

「まとめると、E.Eは器を壊さないように制御された感情エネルギーの事だよ。濃度が濃くても器が壊れなければE.Eだ。ここ大切だからね」

「はーい」

 照光の、教師ほど偉そうではなく、まるで兄弟に勉強を教えるような口ぶりが、一人っ子である陽一には新鮮であった。

「じゃあ次に……D.Eについて説明するよ」

 だが、話題がもう一つの感情エネルギーのものになると、照光の声はワントーン下がった。

「器で受け止めきれないほどの感情が溢れた時、器は壊れる。器を壊す感情エネルギーがデモーションエネルギー、D.Eだ」

「濃度が、高いから器が壊れるのか……あれ? でもさっきそんな事起きないって」

「そう。日常生活で高濃度な感情エネルギーが発生する事なんて、まず無いんだ」

「じゃあ、どうして……」

 D.Eは心を壊す。淡々と語られる事実に、陽一は額に汗を滲ませながら訊いた。

「デモンと呼ばれるナノサイズの増幅器が違法に使われているからなんだ。感情エネルギーを大量に獲得して、爆弾や殺戮兵器を作ろうとする武装集団や軍隊……テロリストが裏社会にはいるんだよ」

 デモンによって無理矢理増幅させられた感情エネルギーは器を壊す。

 感情エネルギー効率よく大量に採取し、兵器利用を目論む輩によって。

「僕らはデモンの頭文字をとって、制御不能な感情エネルギーの事はD.Eと呼んでいる。E.Eと区別するためにね。それと、D.Eに器を割られた人間はデモーショナーというよ」

 似たような言葉が出て、ややこしいなと陽一は顔を顰める。

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