エンジェルラダー
彼女を部屋の安全地帯へと誘導すると、僕は着替えを持って脱衣所へ行き自分の濡れている服を洗濯機へと入れた。そういや彼女さっき何着てたんだろ?僕は手早く着替えると濡れた頭をタオルで拭きながら自室へと戻った。
「それ、どこにあったの?」
「リビング」
「へー」
「ん?ダメだった?」
「いやぁ、べっつにー」
彼女が来ていたのは僕の春服であった。最近母が衣替えのために一度春服を洗いに出していたのを思い出し、干しっぱなしだったのだろう。それよりも、問題は
「リビングに一つだけゴミ袋あったじゃん、テッシュでいっぱいの。あれってさ…そう言うこと?」
彼女が生暖かい目で僕を見ていた。僕は気分を変えるために除湿のボタンを押した。
「いや、ねー…どうだろう?」
「悪かったよ、男に聞くことじゃないね」
「そうしてもらえると助かる」
「意外と気使ってくれたんだ」
「当たり前だよ、女の子家に来るの初めてだし…」
私は少しの恥じらいと後悔を胸に下着をしていないのか少しの突起を見せる胸に己の隆起を感じた。
「ふふ、」
彼女が初めて女性らしいところを見せた。
「どうしたの?」
「女の子扱いしてくれるんだなって」
「おかしいかなぁ?」
「ううん、嬉しかったの」
そう言う彼女の表情はいつもの化粧で厚く覆われた外向きのものではなく、暖かく親しみを感じる内向きのものだった。こんなにも豊かな表情ができるのにどうして着飾らなくては行けないんだろう。
「その方がいいよ」
僕はポロッと口から溢していた。
「えっ?」
「そっちの方が、可愛いよ」
僕の口は止まらなかった、謎の高揚感と独りよがりな満足感に駆られ僕は物語の王子様のように装った。
「ありがとう」
「あ、えっと。変なこと言ってごめん」
気まずい沈黙が流れた。外ではまだ雨が降り続けている。まるでこの空間から逃さないぞと言っているようだ。
「私洗濯機回してくるよ」
彼女は立ち上がるとそう言って部屋の出口へと向かった。
「え、できるの?」
「当たり前じゃん、できないの?」
「うん」
「これだから、甘ちゃんは」
そう言って彼女は部屋を後にした。
数分後彼女は戻ってきた。
「そういや、あんたの部屋本棚ないんだね」
「あゝうん、本は全部父さんのものなんだ」
「見た感じ漫画とかもないけど?」
「それも書斎にあるよ」
「書斎?」
「本用の部屋があるんだそこになんでも揃ってる」
「へー」
そうさ、僕がいつも読んでいるものも父さんの私物だ。漫画だって父さんが買い集めた物を僕が読むのであり、僕の私物は一つもない。勉学だって同じだ、父さんに言われた通りの道をなんとなく歩いている。僕はいつも父さんの後ろを歩いている、日陰者の人間だ。父さんは高村光太郎のような人である
僕の前に道はない
僕の後ろに道は出來る
僕はその父が歩いた後ろを、道のできたところを歩いているに過ぎないのだ。
「村上の趣味はないの?」
「ない」
「そっか、私と一緒だね」
「え?」
「私にもないの」
「でも、いつも楽しそうに過ごしてる。何もかも充実しているような、そんなふうに見える」
「私が?全然だよ」
僕がいつも彼女を目で耳で追っていたのは、彼女が僕とは正反対の人間に感じたからだ。知識も運動神経も彼女より優っていたが、そんなステータスのようなものじゃ測れない物を彼女は持っているような気がしていた。
「私は友達の後ろを歩いてるだけ、あんたと同じだよ」
「似た物同士だね」
「そうだな、」
「でも、君の方が輝いて見えるよ」
「どうして?」
「君には居場所がある、僕にはこの狭い部屋しかない」
「私も居場所がないんだよ」
「え?」
「私母親しかいないんだ、貧乏でさ。遊ぶかねもバイトで稼ぐしかなくて、母親はよく知らない男を家に連れて来る。だから、基本家には居たくないんだ。夜になると親がいなくなるからそれまで逃げ回ってる」
「…」
「悪い、いきなり変な話しちゃって。今の忘れて、なんでだろ雨降ってるからかな、へんに暗い話ばっかしちゃう」
「僕の部屋にいていいよ。いつまでも」
「え?」
「君は僕にとっての太陽だ」
「なんだよ急に」
「暇な時は僕と遊ぼうよ」
「同情はよしてくれ!」
彼女は激しく立ち上がり、僕を睨んだ。
「違うよ、一人が寂しいんだ僕」
友達なら学校に居る。では、学校を出たら如何だろう?僕達を繋げる関係とは一体なんだろう?学校と言う共通点を抜けば、僕達の関係は希薄だ。学校帰りにカラオケやゲームセンターに行ったことは有る、でも休日に行ったことはない。休日に僕はいつも、学校で流行っている物を勉強している。だから、
「ゲームも友達がやってるのを買う。本は親のものを読む。この部屋で予習して、外で実習する。そんなの独りじゃ耐えられないんだ」
耐えられない、それは詰まらなさすぎてじゃ無い。寂しくて、
「だから、私にいて欲しいの?」
「うん、居てくれるだけで良いんだ」
「居るだけって…」
「僕の友達になって欲しいんだ」
正確にいえば、周りの目を気にしない関係に、だ。
私は真摯に彼女の目を見つめた。彼女は照れ臭そうに頭をかきながら
「しゃーねーな。キモいけど」
晴れやかな笑顔で言った。その笑顔にこそ、僕がいつも目で追ってしまう理由がある様な気がした。
「うん、しょうがないよ、キモくても」
彼女はそう言うとバツが悪そうに部屋を見渡した。僕にも初めて女友達が出来たのだ、そうウキウキした気持ちでいると、彼女は僕の顔を見つめていた。
「村上、あんたのことを教えてよ。アニメでも、ゲームでも漫画でも本でもなんでも良いから。私はあんたに私のことを教えるから」
「良いよ」
「これで対等な友達だな」
「うん」
そう言う頃には淀んでいた空も少しは色を薄め彼女を縛っていた雨も止んでいた。僕はカーテンを開けて空を見た、今まで黒一色で染められていた空に一つの穴が開いていた。末広がりに灯りが差し曇りがちだった世界に黄金色の息吹をふかし、モノクロだった物を色付かせる様だった。エンジェルラダー、レンブラント光線とも言われるその現象は私にこれからの日々への明るい兆しを感じさせた。
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