ギャルの彼女とインキャな僕

イキシチニサンタマリア

雨の中で 上

 「ハッ、クシュん!」

湿気てじとじとした空気を吹き飛ばすように、鼻腔から勢いよく飛沫が飛ばされた。周りから小刻みに小太鼓を打つように雨が音を鳴らしている。私は今、公園の東屋の下でクラスメイトのギャル「音無沙羅」と一緒に夕立を凌いでいた。

「だ、大丈夫?」

「ぁうん」

鼻にかかった声で彼女は返事をした。

「僕のジャージで良かったらあるけど…いる?」

「要らない」

はぁ、なんて日だ。



 今日は5月の頭、高校二年に学年が上がってから一月が経ちクラス替え時の慌ただしい交友関係の構築も終わりを見せ、自分の居場所ができ始めた頃合いだ。皆が心を躍らせて学校へ行くであろうこの時期、しかし僕は…

「学校行きたくねぇ」

「毎日そんなこと言って。そういうこと言うからそんな気がするのよ」

朝食の食パンと昨晩の残り物をコーヒーで流し込んでいる僕に、母親が化粧をしながら言った。

「だって言うでしょ、病は気からって」

「その昭和根性じゃ現代人の俺には響きません」

この気持ちは病なのだろうか?

「よしっ!」

気合の入った声を出す、母は小気味良く荷支度を済ませると

「じゃあ、私もう行くから。あんたもウダウダしてないで、さっさと行きなさいよ」

母親は元気よく去っていった。

「はぁ、気分重いなぁ」

 僕の父親は国家公務員である。しっかりとした性格と懐の深さで奔放な母親を包み込んでいる。母はと言えば、普通にどこかの会社に勤めているのだろう、仕事の話をあまりしないのだ。ただ、

「私仕事が生き甲斐なの!」

と、言っていたからきっと好きで働いているであろうことは確かだ。僕は一人っ子で兄弟はいない、両親も稼ぎがいいのか不自由な生活はしたことがない。周りからすれば恵まれていると思うのだろうか?冗談を、僕からしてもそう見えるのだから見えているに決まっている。

 キーン、コーン、カーン、コーン。朝の知らせが校内に響く、この音が流れている間に教室に入っていれば遅刻ではなくなる。その為この時間は廊下が騒然とする。僕は、友人の席での会話を打ち切ると、席に戻り廊下から聞こえてくる音を聞き流し机の中から文庫本を取り出した。少し前からできた僕の日課である。私は朝のこの時間が好きだ、数人が小話をしてザワザワした中、手に持った文庫本に集中すると周りの音が少しずつ聞こえなくなり、物語の中に吸い込まれていく感覚。この時間が僕の心を洗ってくれる、己の精神世界に耽溺する幸せを感じながら本の項を繰る。あゝ、プルーストの綴る言葉一つ一つから彼の教養の深さが窺い知れる。

 「はーい、じゃあホームルームに入りまーす」

担任が間の抜けた声で一日の開始を告げた。流れるように進み特に変わったこともなくホームルームが終わっていく。これは一種の儀式なのだろう、お互い教師であろうと生徒であろうとするのだ。

 「おい、秀太トイレ行こうぜ」

ホームルームが終わったとたん友人の高橋芳人が声をかけてきた。

「オッケー」

私は答えを返すと文庫本を机にしまった。トイレに向かう途中高橋はどこで仕入れたのかよく分からないゴシップを教えてくれた。

「A組の中田さん、彼氏できたっぽいよ。Xでによわせつぶやいてたもん」

「SNSそんなに楽しいか?」

「お前もやってみろて、出会い生まれるぞ」

「そうだな、今度やってみるは」

「うわ、絶対やらないやつじゃん」

「そんなことないよ」

「日本人の今度は永遠に来ない」

「確かに」

「だろ」

下らない話をしながら、僕達は要を足した。連れションにゴシップこれも大切なことだ日陰者である僕達は地雷を踏まないように情報収集し、単独で歩くときの好奇な目線から守るために群れて居なくてはならない。そう此処は現代の戦場、学校なのである。誰もが少しでも自分の立場を安定させようとする、カーストの一段上を目指すのだ。

「そういえば、音無パパ活してるらしいぜ」

「マジ?」

「うん、噂で聞いた」

「でも、あいつ彼氏居るんじゃなかったっけ?」

「さあ、自然消滅じゃね?」

僕達はそんな話をしながら短い廊下をたっぷりと歩いた。

 教室に戻ると、星田と吉川が置いてかれたことが不服のように待っていた。

「おーそーい」

星田が唸った。

「東風戦できなかったじゃん」

吉川がオタク特有の早口で捲し上げた。

「お前ら麻雀にハマりすぎじゃね?」

高橋は私たちのグループでリーダーの様な存在だ、高橋が話すと場がまとまる。

「それマジ‼︎」

安定した教室内を下品な笑いが刺激し、注目が音源に集まる。

「マジ、急にjkはやっぱり危ないから嫌だって」

「チキンじゃん!」

「でしょ?」

「それでも社会人かよ」

どうやら、音無沙羅、三島夢、佐々木桃花、太田太子、倉持昌、島田考輔がいわゆる恋バナをしていたようだ。この面子にも尊敬してしまう、よく懲りずにこんな下世話な話をするもんだ、恥も外聞もありはしない。

「沙羅今フリーってこと?」

三島がニヤッと笑った。

「そうだけど」

「じゃあ、今度バイトの先輩達と遊び行くから来ない?」

「男ってこと?」

「YES」

「今は良いや、金ないし。バイトしなきゃ」

「えー」

「じゃあ、私誘ってよ」

佐々木が嬉しそうに食い付いた。

「ま、いっか」

「何よその言い方」

「あんた、ガード硬いんだもん」

「当たり前でしょ!だいたい…」

いわゆる陽キャというものの考え方は解らないものだと思考を飛ばしていると

「ああいう奴ら、どうせ水商売に堕ちるんだ」

吉田が早口でつぶやいた。

「まあ、良いじゃん。気にすんなよ」

高橋が宥めて私に視線をずらして

「秀太、昨日のアニメみたか?」

高橋は暖かく微笑んで強引に話を変えた。




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