雨の中で 中
「ダム、ダム、ダム」
床にボールが当たる時独特の音と弾力を感じる。中学時代慣れ親しんだこの動作に不思議なノスタルジーを感じた。
「シュパッ」
フリースローラインからシュートを打つと気持ちの良い摩擦音が聞こえた。
「すげぇ」
吉川が感嘆していた。星田は負けじと独特のフォームでスリーポイントを狙っていたが、ボードやリングに阻まれている。高橋はと言えば、
「よいしょ」
鮮やかなフォームで、スリーポイントを決めていた。これが差なのだろう高校に入ってからも研鑽を積んだ者と、諦めてしまった者の。
「芳人すげー!俺にも教えて!」
星田が目を輝かせて聞いた。
「ああ、いいぞ。じゃあまず近くから打って行こう」
「えー、俺もスリー決めたい」
「わかってるよ。でもな、最初は近場から打って、
決まるようになったら段々と距離を離すんだ。バスケはそんな甘かないぜぇ」
ニヤッと笑った。僕はそれを横目にもう一度フリースローラインからシュートを打った。
「何か雲行き怪しくない?俺傘持ってきてないんだけど」
「俺も。帰るまで保つかな?」
「俺は確実に間に合わないな」
「芳人部活あるもんな」
三人が、くすみ始めた空を見ながら昼食をダラダラと食べている。
「秀太は、大丈夫そうだな」
「うん、俺家近いしね」
「止めてくれ〜」
星田がぐで〜としながら言った。
「今日何処行く?」
音無達女子三人の甲高い声が私の耳を刺した。
「カラオケ良くない?」
「また?」
「良いじゃん、沙羅傷心なんでしょ?ぶちかますしかなくね」
「だから、金がないんだって!」
「遊ぶのに金がかかんないわけないじゃん」
「そうだけど…」
「でしょ!良いじゃん」
「わかったよ」
音無が根負けしたようだ。
「お前らは良いな、遊んでばかりで」
太田達男三人が購買から帰ってきたのであろう、菓子パンを数個手に持っていた。
「部活なんて良くやるよ」
三島が気だるそうに言った。と、
「村上また見てんぞ」
「え?」
星田に声をかけられてハッとした。
「あのどれかが好きなのか?趣味悪いぞ」
吉川が不服そうに言った。
「いや、好きって言うか…生きてる世界が違うなぁって思ったの」
「そゆこと、わかるは」
星田が弁当を掻き込みながら言った。
「違くて結構」
吉川が堂々と言った。
「いや、世界は同じだろ」
高橋が冷静に突っ込んだ。
「星田なんでそんな急いで食ってんの?」
僕は話を変えようと皆んなの視点をずらした。
「次の古典の課題が終わってない。早く食って終わらせなければ」
「またかよ、俺の写す?」
「良いの!」
「良いよ」
「か〜み〜さ〜ま〜」
星田が吉川を拝み始めた。
「もっと感謝しないさい」
吉川が誇らしげに薄い胸を張った。
「気を付け、礼」
委員長が声をかけると、何処からともなく「ありがとうございました」と声が上がる。帰りのホームルームが終わり、戦時から平時へと状況が変わる。一人で居ても好奇の目で見られることはない、僕は堂々と帰路に就く。
「村上君、バイバイ」
僕が委員長の前を通った時、明るく穏やかな声が私を包んだ。ボブカットの髪、女子高生にしては発達した胸、香水ではなく洗剤や彼女の使っている石鹸の穏やかな甘い匂いが私の心を洗ってくれる。
「バイバイ」
自然と私の声も穏やかになる。晴れやかな気分で教室を出て校門を通り徒歩十五分の道を歩み始めた。
ハズだった。数分後に土砂降りになり、僕は鞄の中の本が濡れるのを嫌い近くの公園に逃げ込み、誰も居ない東屋を見つけると急いで駆け込んだ。雨が東屋の屋根に当たる。湿った空気。私は本が湿気るのを恐れながらも暇を持て余していた為、項を繰ることにした。「失われた時を求めて」の主人公はどうしてこんなにも一人の女性を愛し続けることができるのだろうか?いや、愛していないと自分で言ってもいる。アルベルチーヌを所有しているとさえ思っているように窺える。所有することは同時にそのものに憑依されることでもある、自分のものであると思うほど取り憑かれたように一挙手一投足が気になる。これは真の愛と言えるのだろうか?僕はそうは思わない。と、そんなことを考えているとピチャピチャ水浸しの地面を走ってくる音が聞こえてきた。本から視線を上げると音無沙羅が同じ東屋の中に入り込んでいた。
「あ」
「あん?」
僕は視線を本に戻した。
「あんた、誰?知り合い?」
「クラスメイトの村上です」
「居たっけ?」
「居るよ」
「何してんの?」
「雨宿り」
「こっち駅とは反対だけど?」
「家がこっちの方なんだ」
「じゃあ、走っていけば良いじゃん」
「本が濡れるのは嫌なんだ」
「我儘かよ」
「音無もこっち駅じゃないよ」
「あー、あんたには関係ないの」
「カラオケに行くんじゃないの?」
「何で知ってんの?キモ」
胸にグサリと刺さった。
「教室で大声で話してただろ、聞きたくなくても聞こえるよ」
「あっそう」
軽いな。まるで自分の周りの人以外存在を認めていないようだ。
「ハッ、クシュん!」
湿気てじとじとした空気を吹き飛ばすように、鼻腔から勢いよく飛沫が飛ばされた。周りから小刻みに小太鼓を打つように雨が音を鳴らしている。私は今、公園の東屋の下でクラスメイトのギャル「音無沙羅」と一緒に夕立を凌いでいた。
「だ、大丈夫?」
「ぁうん」
鼻にかかった声で彼女は返事をした。
「俺のジャージで良かったらあるけど…いる?」
「要らない」
はぁ、なんて日だ。僕はこれからの数十分の雲行きをくすんだ空に照らし合わせた。
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