陽射し

 昨日の夕立の影も見せずに太陽は今日も爛々と輝いている。照りつける日差しが目に痛みを感じさせ、登校意欲を下げて行く。そう、いつもより遅く遅刻ギリギリになってしまうのは、私のせいでは無い。気温と体温が上がるにつれ私の心は冷え込んでいく。あゝ、冷房に冷やされ心地よい我が部屋へ戻りたい、どうしてこんな猛暑の日に学校へ向かわなくては行けないのか。

「おはよう」

聞き慣れない高い声、振り向こうとすると勢いよく自転車が通り過ぎていく。

「…おはよう…」

私は誰もいない空間に挨拶をした。これは通り魔と一緒だ。片方から一方的に刺激を与えて、こちら側の反応を封じる行為。許せない、これで私が挨拶しなかった失礼なやつ扱いされたらたまったもんじゃない。そう遅刻ギリギリの時間に一人自転車で爆走するJK、彼女こそ音無沙羅である。

 教室に入ると人の騒めきを感じる。普段人数が少ない中席に着いている私からすると少し気圧されてしまうのだ。

「おはよう、いつもより遅いけど何かあった?」

甘い香りと優しい響き、彼女こそ渇き切った学校生活の中で唯一の私のオアシス、委員長だ。

「おはよう、夏バテしたみたいで寝坊しちゃったみたい」

「大丈夫?塩飴有るけど食べる?」

鞄の中からポーチを出すと檸檬と塩味の飴を出してくれる。どんな人にも平等に慈悲を与えるこのクラスの聖母だ。私もこうでありたいし、もし自分の子供ができたらこういう風に育てたい。

「ありがとう、すごく元気出た気がする」

「良かった!困った事があったら何か言ってね」

「うん、そうすることにするよ」

頬のニヤけが止まらないが、体裁を保つためにキリッとした顔を保つ我であった。

 席に着くといつもの面々が疑り深い目で集まってくる。

「おい、どう言うことだよ?」

星田が険しい顔で問い詰める。

「何が?」

「み、見損なったぞ、お、お前がそんな奴だとは思わなかった」

吉川が、戸惑っていることが分かる独特の早口で捲し立てる。

「まぁ、落ち着いて聞こうぜ。な?」

私は何か過ちを犯しただろうか?もしや昨日音無を家に入れたのを誰かに見られていたんだろうか?不安が緊張を呼び口の中が急に乾き始め、背中に冷たい汗が流れる。

「いや、な、何の話だよ?」

言い訳を考えながら、各々の顔を眺めていると星田が口を開いた。

「なに、委員長と仲良さそうにお喋りしてんだよ」

「え?」

「い、委員長は皆んなの物であって、抜け駆けは許さないぞ」

「なあ秀太、正直に言って謝ろう。な?」

「いや、待ってくれ俺が何をしたって?」

状況が飲み込めずに狼狽えている私に星田が強めに噛み付いていく。

「いつもより遅く登校した挙句、委員長と仲良くお喋り、飴を貰ってニッコニコ、何かあったとしか考えられない!」

「違うって!」

「言い訳は見苦しいぞ!」

吉川が捲し立てた。

「落ち着けって!」

「なあ秀太、楽になろうぜ?」

「高橋お前だけは信じてたのに!」

私達が騒いでいると、始業の鐘が鳴り響いた。先程の喧騒とは打って変わって手早く席に戻って大人しくなった。先程の喧騒はどこへ行ったのか。私は悶々とした気持ちを胸に「失われた時を求めて」を開いた。岩波文庫で十四巻も有るこの本を私は自意識を慰めながら読み進めた。長い。千夜一夜物語を読んだ時とはまた違う苦痛を我慢して読み進めていく。読書好きでも読みづらい本はあるので有る。

 委員長が号令をかけるといつも通りの1日が始まる。規則正しく統制の取れた連帯感によりこの学校も美しい連動を見せる、私もその歯車の一部になりたい。一限の準備をしていると音無達のグループが何やら騒がしくなっていた。

「沙羅昨日すっぽかしたでしょ?」

「悪い、雨降ってたしだるくなっちゃって」

「連絡くらいしろし」

「したって!」

「遅かったもん!」

「悪かったって!」

「何してたん?」

「え、ッと…家でボッチ?」

「嘘だ!男でしょ!」

「だから、別れたって!」

「絶対嘘だもん!」

「マジ!沙羅に男できたの⁉︎」

「はえぇー!」

やはり私との間にあったことは秘密にしたいみたいだ。当たり前だ、こんな冴えない男の家に居たなんて恥ずかしくて言えない。

「秀太、トイレ行こうぜ」

私は高橋と共に日課の御トイレデートに向かった。

「なあ、今日の帰りに文化祭の出し物決めるって」

「本当?何でも良いから楽なのが良いなぁ」

「まぁ、お化け屋敷とかでしょ?」

「そうかなぁ、定番だったら何でも良いけど」

「料理系だと検便あるらしいよ」

「それは勘弁だな」

「だな」

文化祭。憂鬱な季節だ。時期に始まる期末考査を終え、夏休みを明けると2週間後には文化祭更に2週間後に体育祭だ。私の様な日陰者には辛い季節が目前と迫っている。

「高橋は期末大丈夫なの?」

「まぁ、駄目だな」

「どれくらい?」

「三つは覚悟している」

「マジ?」

「赤で三つってカッコいいだろ?」

「教えようか?」

「マジで頼む進級できなくなっちゃう!」

「何がやばいの?」

「数学二つと古典!…世界史も…」

「数学は何とかしてあげるよ」

「助かる〜」

ふと私は、彼女の成績に想いを馳せる。音無は大丈夫かなぁ。



「文系科目マジやばいよ?理系科目はもっとやばい」

私の部屋であぐらをかき堂々と言い切った。

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