髪を切る失恋ではない
僕は今まで床屋に行ったことはあったとしても、美容院に行ったことはなかった。行く必要を感じなかったと言えば聞こえがいいが、そんな発想すら頭に浮かばない様なそんな隠キャだというだけだ。
しかしながら、今春から僕のテリトリーには異邦人が度々足を運ぶ様になった。異邦人、英語で言えばエイリアンだ。エイリアンというと聞こえが悪い様だが、しかしながら言い得て妙だと感じる。人間、自分と生い立ちや生きている環境の違う人とは同族意識をどうしても抱きづらいものなのだろう、特に学校という閉鎖的でありながら独自のコミュニティを個々に作りつつ、最終的に同族意識を求められる超高度な社会環境では少しのズレでさえ異邦人だ。
まあ、グダグと駄文を並べ立てたが要するに、僕の髪型はダサいらしい。普通の男子高校生は床屋ではなく美容院に行くらしい、本当に同じ年齢の男子は美容院などと言うお洒落な所に行くのか?
そんな疑問を持ちながらも僕は今美容院で髪の明るいお姉さんに散髪して貰っていた。これって、散髪ていうのかな?そんなことを考えながら、綺麗なお姉さんと世間話をしていた。
何故こんなことになったかというときっかけは彼女の言葉だった。
「前から思ってたけど、その中坊カットは何なの?」
初めてこの言葉を聞いた時の衝撃をお分かりいただけるだろうか?特別こだわりがあるわけではないが、中坊カットとはなんだ。失礼ではないか?
「中坊カットって何さ、別に普通でしょ?」
「普通じゃないよ、前髪パッツンで超ダサい」
僕の心は、粉々に砕け散った。
「じゃあ、どうしろっていうんだ」
「美容院どこ行ってんの?」
「美容院じゃないよ、床屋。此処から徒歩十分くらいのとこ」
「はぁ?床屋?中坊じゃないんだから美容院に行ったほうがいいよ?マジで、恥ずかしくないの?」
何故髪の毛ひとつでここまで言われなきゃいけないんだ。僕が一体何をしたというんだ。
「悪いけど、僕は外見じゃなくて内面を重視してるの。だから外見にお金を使うんじゃなくて、内面を磨くようにしてるの!」
「それ関係なくね?ある程度の身だしなみはマナーじゃない?」
マ、マナーだと?
「でも、校則破ってまで髪を染めている君にマナーなんて言われたくないね!」
「何マジになってんの?」
「マジになってねえし」
マジになっている。
「悪かったって。今度髪切る時わたしが使ってる所にする?」
「え、いいの!」
少し嬉しかったのである。
「え、うん。自分で行ってね?」
「え、うん」
少し寂しかったのである。
「次髪切るまで伸ばせるだけ、髪伸ばせよ。そっちの方が髪作りやすいから」
「はい」
この話をしてから一月が経っていた。時期は7月の頭、早いもので期末テストの時期になっていた。一学年の頃から常々思っていたのだが、中間テストと期末テストの間が短い。一学期に二回もテスト入らないはずだ。
そんなことを考えていると、彼女の行きつけの美容院へ着いた。
扉を開けるとそこは異世界だった。髪色の明るい男女があちらこちらにいて和気藹々と語り合っている。
どうすれば良いのかわからず立ち尽くしているとピンク色の髪のお姉さんが話しかけてくれた。
「いらっしゃいませ、今日は予約されていますか?」
「はい、村上です」
「村上さんですね〜」
そういうと彼女は予約リストをパラパラとめくった。
「あれ?有りませんね?」
「え、おかしいな。予約したって言ってたんですけど」
「ご両親に予約してもらったんですか?」
「いえ、友達に」
「友達のお名前は?」
「えっと、音無です」
「あ〜、沙羅ちゃんね。確かに今日予約あるわ」
どうやら音無の知り合いのようだ。
「はい」
「私いつも沙羅ちゃんの担当なんだ〜。じゃあ、こっちに来てください」
そういうとお姉さんに奥の席へと案内された。
席に座ると、髪を軽く洗われ少し湿った状態でスタンバイに入った
「今日は髪型どうします?」
一番聞かれて困る質問をされた。特にこうしたいという希望もなく足を運んでいる為、どうするか悩んでしまう。
「おまかせって有りますか?」
「おまかせですか?」
「あの、すいません。友達に中坊カットって言われて、黒髪のまま少し大人っぽい感じで出来たら嬉しいかなぁ、って」
「あ〜、わかりました」
そういうとお姉さんはテキパキと僕の髪を切り始めた。やはり美容院というのはすごい、床屋とはまた違う技術と道具により中坊カットだった僕の頭はみるみるうちにツーブロックになっていた。ツーブロックも中坊カットじゃない?という疑問を僕は見て見ぬ振りをした。
「こんな感じでどう?」
「良いと思います」
「そう?じゃあセットもするね」
そういうとお姉さんは僕の頭に幾つかの整髪剤をつけて綺麗に整えてくれた。我ながら、少し良くなったのではないだろうか?自分で少し嬉しくなるくらいお姉さんの技術は確かなものだった。
気を良くしてお会計に向かうと
「九千円です」
「...」
今、九千円て言った?僕がいつも行っている床屋の3倍はするのだが、音無はいつもこんな所に通っているのか?
そんな疑問と想像以上の出費に震える手を必死で抑えながらお会計を済ませた。
「ありがとうございました〜」
そう言うお姉さんの声が、とても心に沁みた。
「お、似合ってるじゃん」
ふと声のする方に目を向けると
「音無、どうしたのこんなところで?」
私服の彼女が美容院の外に立っていた。ノースリーブの様な丈で、少しお腹がチラリと見えるシャツに、ショートパンツのセットだった。ハッキリ言おう、ドキッとした。
「私も今から予約入れてるの。それに、紹介した手前あんたのことも気になったし」
「いつも、こんなに高いところ行ってるの?」
「高いって、そんなに高いか?」
「僕のいつも行ってる床屋三千円だよ?」
「それは安すぎ。まあそれは置いといて、良かった。その髪の方が似合ってるよ」
何そのイケメン発言!僕が女の子だったら惚れちゃうよ?
そんなことを考えていると
「じゃあ、私行くから」
そう言って彼女はお店の中に入って行った。
後日談だが、整髪剤を付けずに学校へ登校したら、高橋や星田、吉川にはいろめきだっていると馬鹿にされ、生活指導にはツーブロックは校則違反だと言われて散々な目に遭った。
ギャルの彼女とインキャな僕 イキシチニサンタマリア @ikisitinihimiirii
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