弱き者汝の名前は女byシェイクスピア(問題発言)
試験が終わった日私は初めて彼女に本を貸した。以前、彼女から話しを聞いた時は本どころか、文字を読む事すら嫌でSNS以上文章は読めないと言っていた。
そんな彼女から本を貸して欲しいと言われたのである。私は心底嬉しかった、自分、若しくは本に興味を持ってくれたことが伺えたからだ。僕に本を貸して欲しいという彼女は、どこか恥ずかしそうで、しかし少し気持ちが華やいでいる様だった。
「サロメ、少し文章が読み辛いと思うけど頑張って」
「うん、まぁこれくらいなら大丈夫でしょ」
「読み終わったら感想聞かせてよ」
「おう」
そう言って、彼女は自分の家へ帰った。
僕の心の中は、これで彼女が本を嫌いになるんじゃないかという不安と、これで読書にハマってくれたら嬉しいなと言う気持ちが同居していた。
私は村上の家を出ると借りた本を早く読みたいという気持ちで家に急いで帰った。
家の鍵を開けると今日はお母さんが家に居た。
「ただいま」
「うん」
特に興味が無さそうに、鏡に向かって化粧をしていた。
私はそんなお母さんを横目に、コップに水を入れると1LDKのリビングに有るソファに座った。洋室に居るのは好きではないのだ、小学校高学年から今まで私は家ではこのソファで寝ている。洋室は、嫌いだ下品な香りで満たされているから。
私はソファに座ると、村上から借りた本をカバンから出した。サロメ。今まで本なんて読みたいとも思ったことがなかったのにどうしてかこの本には興味を持った。村上の説明が、面白かったからか、この女の感性に共感したからか、それとも村上が見せてくれた挿絵に惹かれたからか。
兎も角、私は早速本を開いた。本は、小説ではなく会話調の物語りだった。見たことの無い難しい文章だったけど、読んでいくと話しに吸い込まれて行く。不穏な様でいて、なんだか美しく話しの世界観に引き込まれて行く。
「あたしはお前に口づけするよ、ヨカナーン、あたしはお前に口づけする」
ふと、サロメの言葉に目を惹かれ口からポロリとこぼれた。
「あんた、本なんて読んでたっけ?」
お母さんがこちらをチラッと見て聞いた
「友達から借りた」
「あんたに本読む友達なんているの?」
「新しくできたの」
そう答えながらも私はページをめくった。
「はぁ〜ん」
お母さんが、見透かした様な声を出した
「なに?」
「男ね?」
「なっ、」
「ハッハッ」
お母さんは高笑いをしながら
「わかるわよ、私がどれだけ男と付き合ってきたと思うの?へ〜、この間別れたって言ってたけど、もう違う男ができたのね」
そのお母さんの言い方に私は腹の底から怒りが湧いた。
「お母さんと一緒にしないで!ただの友達だから」
「なによ?カリカリしちゃって、生理?」
「違うよ、もう話しかけないで...」
私はそういうともう一度本に集中する。それから少しして、お母さんは仕事に出かけた。
読み進めて行くと、話は急展開を迎えた。そう、サロメはヨカナーンの生首を欲しがって、しっかりと自分の手に入れた。
「あゝ!あたしはたうとうお前の口に口づけしたよ、ヨカナーン、お前の口に口づけしたよ。お前の唇はにがい味がする。血の味なのかい、これは?...いゝえ、さうではなうて、多分それは恋の味なのだよ。恋はにがい味がするとか...でも、それがどうしたのだい?どうしたといふのだい?あたしはたうとうお前の口に口づけしたよ、ヨカナーン、お前の口に口づけしたよ」
そう言って、サロメは兵士に殺された。
私は圧倒された。短い話しの中に沢山の感情が詰め込まれていた。面白い。ただ単純にそう思った。サロメの感情が、サロメの混沌とした心情が私の中に溢れた。
ふと、村上は何しているのか。それが気になった。あいつの唇はどんな味がするんだろう。今までの男たちは、臭かったり、ヤニだったりでもう一度キスをしたいと思ったことはなかった。あいつの唇はきっと今までの男達とは違う、どんな触感で食感なんだろう。そう思った途端に、頭の中に不思議な多幸感が生まれた。
今日はこのまま寝よう、この気持ちを胸に抱いたまま眠りにつきたい。
次の日、放課後僕の家に来た彼女は真っ先に本を返してくれた。
「読み終わったの⁉︎」
「なんだよ、悪いかよ?」
「いや、全然!ただ、早いなと思って」
「面白かった」
「本当!戯曲だから肌に合わないかとも思ったんだけど」
「ん?音楽なの?」
「あゝ、違うよ。演劇の台本のことを戯曲って言うんだ」
「これ、演劇の台本なんだ」
「そうだよ、洗礼者聖ヨハネをサロメが殺す。新約聖書に出てくる人のお話を演劇にしたの」
「なんて?」
「キリスト教のお話。ユダヤ教か?いや、キリスト教のお話」
「あっそ」
やばい、嬉しすぎて無駄に早口で知識をひけらかしてしまった。これは女子が一番引くと言われている行為。やっちゃった。
「まあ、なんでもいいんだけど。次の本貸して」
「へ?」
「だから、こんな感じの話でなんか無い?」
「あゝ、シェイクスピアとかは?」
「あ、名前聞いたことある」
「ロミジュリとか、リア王とか、ハムレットとか」
「ロミジュリ知ってる」
「じゃあ、ロミジュリにする?」
「だから、ロミジュリは知ってるんだって」
「そうか、じゃあ...」
僕は何故かこの一冊をお薦めすることにした
「ハムレットにしよう」
「なんで?面白いの?」
「うん、ただサロメより読み辛いよ」
「まあ、気長に読むよ」
僕は、彼女にハムレットを渡した。彼女は本を受け取ると手早く鞄にしまい、いつものようにタブレットとヘッドホンを用意した。
「何見るの?」
僕が聞くと
「俺の妹がこんなに可愛いわけがない」
「何故、俺妹?」
「あんたがお気に入り登録してたから」
僕はこの日を境に、いいねを全て外した。
絶対キモイって思われてるよぉ。
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