最近困っている事がある。それは、今まで誰も来たことのなかった来訪者が我が家へ舞い降りたのだ。エンジュルラダー、レンブラント光線。僕の部屋へ差し込まれたその日差しが一人の天使を僕の元に連れてきた。音無沙羅。彼女が僕の部屋に来てから、驚くことに日常はさほど変わらなかった、一つのことを除いては。

 

「村上、最近抜いてるの?」

 彼女は、タブレットの画面を見つめたままそう言った。その言葉を聞いた時、私は反応が出来なかった。女性から発せられる事がおよそ無いであろう、発言に思考が停止する。

「それは、つまり。何の話?」

言外に、この話は良くないよと僕は伝えた。

「いや、部屋の匂いがさ前来た時より男臭くないなって思ったんだけど」

「そうかなぁ、気のせいじゃない」

「私が来てから、溜めてるんだったら悪いなと思ってさ。手伝ってやろうか?」

彼女のそんな発言に僕は心底残念に思った。

「女の子が、無闇にそんなこと言うもんじゃないよ」

「へぇ、女の子扱いしてくれるんだ」

「じゃあ、何扱いすれば良いって言うんだ」

僕は、不貞腐れながらそう言った。

「いやぁ、他の男達なんて男扱いだよ」

ケラケラ笑いながらそんなこと、を言う彼女に心底怒りを覚える。

「僕の性事情を聞いてくるのはまだしも、自分のことを簡単に扱うのは良くない」

「なに?怒ってんの?」

「当たり前だ。」

「高校生になって、そんなこと気にする人いるんだ。」

一体どんな教育を受ければ、こんな考えになるんだ。

「これは、僕がチェリーだからかもしれないが。冗談でも、自分を軽く扱っちゃいけない君を大切に思ってくれる人に失礼だ」

僕がそう言うと、そこで初めて画面から僕へ視線を動かした。その目は明らかに不服で、反感を持った眼差しであった。

「冗談じゃん、何マジになってんの?」

教員に説教されたかの様に、細い目つきで僕を見ている。

「ごめん、でも嫌だったんだ」

「何が?」

低く少し怒気が含まれる声で聞かれた。だからこそ、僕は真摯に答えた。

「君の態度が。君にはもっと自分を大切にして欲しい」

そう言った途端、キョトンとした顔し続いてゲラゲラ笑い始めた。

「彼氏ズラかよ、独占欲キショ」

「う、死にたい」

何でこんな事を言ってしまったんだろう。大体ことの発端だって、僕が適当に流せば良かったのに変に絡んだのが悪いし...独占欲。自分にそんな感情が有ったのかという驚きと、女子にキショと言われたショックに打ち倒された。

「でも、もうお前には下ネタは振らないよ」

わかって無さそうな、つまらなそうな顔でそう言った。

「ごめん、変な空気にして。動画に戻って良いよ」

「ふん、偉そうに」

嫌な間が生まれた。今まで何度も沈黙が生まれてきたが、それは心地よい沈黙であった。だが最近この様な探る様な沈黙が多くなってきた、お互い言葉を発しない事で距離感を測っている様な、相手のことを伺う様な沈黙だ。

「私さ」

意外にも彼女が先に言葉を発した。画面から目は離さずに

「シンマでさ家に知らない男がしょっちゅう居てさ、夜になると寝室から喘ぎ声が聞こえてくんの。娘がいようが関係なし、子供の頃は何をしてるのか分からなかった、でも中学生になったらもうわかる様になってるだろ?だから、」

「それは、」

「まあ聞けよ」

あまりの身の上話に、口を挟まずにはいられなかった。でも、彼女が僕を止めなかったとして一体何て言うつもりだったんだろう?口に出したは良いものの、こんな時気の利いた一言も言えない。僕がいつも本を読んでいるのは何の為だ。僕の心情を知ってか知らずか、彼女はやはり画面を見つめたまま話を続けた。

「初めては学校の先輩だった、私が一年で相手が三年それから今にかけて両手じゃ足りないくら、男と付き合った。経験人数はそれより少ないけど、まあ数は問題じゃ無い、私幸せになれるって思ったんだ。母親があんなにハマるんだから、私だって、そう思ったんだけど」

そこで彼女は黙った。決して画面からは目を離さず。僕は、

「思ったんだけど?」

彼女のことが知りたくなった、今の彼女を作っているものは一体何なのか、僕はまだ見ぬ彼女の素顔を見てみたいと思った。

「・・・」

画面を見つめる、顔から少し困惑の色を伺えた。僕は、そんな彼女を、ただ見つめるだけだった。

 ふと彼女は僕の方を見て

「ここでアニメ見てる方が十倍楽しいよ」

そう言って笑った彼女の顔は、無理して笑う、誤魔化し笑いをしていた。

「ごめんね」

「何がだよ?」

強がって彼女はそう言った。

「いや、ただ...」

僕は、君のそんな表情すら誰にも見せたく無いって思っただけなんだ。

「音無はさ、好きな食べ物って有る?」

「は?なんだよ急に」

心底不思議そうに聞く彼女に

「奢るよ、食いたいものいいな」

「同情か?そう言うのが一番ムカつくんだよ!」

「違うよ、ただ君がどんな顔でご飯を食べるのか見たくなったんだ」

「ん⁉︎は?」

彼女は驚きを隠せないでいた。まあ、それも無理ないことだ、僕自身も今自分の衝動がわからない。この衝動を止められない。

「良いじゃん、今までの彼氏とは食べてきたんでしょ?」

「何だよ、デリカシーの無いやつ。彼氏ズラかよ?」

彼女は戸惑っているのか、表情も落ち着かぬままこちらを伺っている。

「彼氏じゃないよ。でも、今までの男達とは違う関係になりたいとは思ってるよ」

「へ?」

「知らなかった、僕独占欲が強いんだ」

そう言うと僕達は、デリバリーのピザを買った。決して売れているライトノベルの真似をしたわけではない。決して、アニメ化が決まったからあやかろうとかそんなこと考えていない。そう決してだ。

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