あなたに会いたかったの

杜侍音

あなたに会いたかったの


「会いたかったんです」


 女は口を開いた。



   **



「私が彼女を取り調べするのですか?」


 十数分前、ある取調室の隣の部屋で、私は上司に被疑者を取り調べするよう頼まれた。


「彼女が男とは話さないと言って、それ以降黙秘したままなんだ。取り調べできる女性で一番優秀なのは君だろう。多くの自白を取ってきた君だ。やってくれるね?」


 頼まれたは語弊か、ほぼ命令に近い。

 最近は本当に理不尽かつ物騒な世の中だ。現在も多くの殺人事件を抱え込んでいて家にもほとんど帰れてないというのに……。だが私にしかできないのならやってみせよう。

 刑事になって早五年。多くの事件を検挙し、ある程度の出世を果たしたため、こうした取り調べの代理を務めることも増えた。

 若い内に、しかも女性とあって周りから疎まれることも多いが、他人の目など気にせず、私は私の正義の為に仕事を全うする。今回もそのつもりだ。


 そして私は狭く暗い取調室に単身乗り込んだ。

 被疑者は入室してきた私を見ると、微笑を浮かべた。安心したのか分からないが、少し気味が悪い。

 彼女は座らせられているパイプ椅子と腰を縄で繋がれ、さらには手錠までされたままである。逃げる可能性があるということか。

 しかし、私には武術の心得があるし、いざという時は隣で傍観している金とコネで塗れた老犬共がさすがに割り込んでくるだろう。


「これからあなたを取り調べする冴島さえじままことです。よろしく、駒澤こまざわさん」


 駒澤こまざわあかね──ストーカー殺人事件の犯人と断定している女性。

 昨夜、近くの運動公園で被害者、比嘉力也ひが りきやの死体が近くに住む住民によって発見された。

 彼はすぐ隣に建っている大学病院の医者であり、防犯カメラの映像や凶器についた指紋から同じ病院の看護師として働く駒澤が特定された。

 駒澤は警察からの事情聴取を受けている最中、あろうことか突如として側にいた警察官を殴り、公務執行妨害で現行犯逮捕された。


「比嘉力也を殺害したのは、あなたで間違いないわよね?」

「はい、そうです」


 ここまで罪を認めていなかったらしいが、すぐに自白した。公務執行妨害といい、彼女はあとで精神鑑定を受けさせられることになるだろう。

 そこで異常をきたしていることが認められて、無罪や減刑になっては困る。彼女が明確な殺意を持って計画的に挑んだことであると取り調べで証明しなければならない。


「被害者の胸にはいくつもの刺し傷。指紋がべったりとついた凶器は近くの草むらから見つかった。あなたは、自宅にあった包丁で相手の胸部を何度も刺し、その後凶器を隠すためにその場に投げ捨てた。そうで間違いないわよね?」

「そうです……!」


 嬉々として返事をする駒澤。

 彼女には、人を殺害してしまったという後悔や罪悪感というものがないのか?

 あまりにも証拠が揃い過ぎて、誰かを庇っているのかとも考えたが、そうには見えない。

 その後も様々な事実確認をするも、全て肯定する。

 実にスムーズに進んだ取り調べだった。女性であれば私が担当しなくてもよかったのではないか。



「では最後に、どうして彼を殺したのか。動機について聞かせてくれる?」

「……推しのためです」

「推し?」

「はい。初めて見かけたのは職場でした。一生懸命に働く姿がカッコいいと一目惚れしたんです」


 確かに比嘉の容姿は世間的に見ればカッコいいという部類に入るだろう。それに加え医者というステータス。安定した高収入。これらの要因から魅力的な人物に映るには違いない、が……。


「……そう。行き過ぎた恋心から独占したいと思い、彼を殺害した。そういうことね」

「まぁ、そういうことにはなりますかね」


 動機もよくあるものだったか。この手の事件は何度か担当したことがある。

 しかし、まだ少し不可解だ。彼をストーカーしたというのであれば、より詳しく彼について知っていたはずだ。

 私が手にした資料ではとても推したいと思える人物であるとは考えられない。

 恋は盲目、とでも言うのだろうか。残念だが私には恋する気持ちも、誰かを殺す心情も理解できない。後者にいたってはしたくもないが。


「彼のことが好きだからと言って、殺害しては二度と会えないでしょう。それにそんなことをすれば人生棒に振るということが分からな──」

「彼は推しではありませんよ」

「……どういうこと?」

「彼は、いわゆる推しへの供物です。推しのために彼を殺しました。ううん、捧げたに近いかな」


 彼女の言っている意味が分からなかった。

 駒澤は結ばれた手を合わせ、神に願い事を聞いてもらうかのように希望ある凄惨を語り出す。


「あぁ、また推しに逢いたい。会うためにはどうすればいいんだろう……あぁ、そっか。会いにきてもらえればいいんだ」


 不敵な笑みが一層と深くなる。

 ここで休憩を挟むべきか、いや、もう逃げ出した方がいいのではないか。

 しかし、私の正義が彼女の話を止めてはいけないと制している。この先に知らなければいけない真実があるはずだ。


「一人目は近くのスーパーで万引きばかりしているおばさんを殺しました。次は、イジメをしている男子高校生。三人目はたしか……あー、動物ばかり傷付ける影の薄いニートでした。そのあとヤクザの人を二人同時に殺したんですよ。あれはさすがに大変だったな〜」

「ちょ、ちょっと待って! あなたは他にも人を殺したの⁉︎」


 私は立ち上がり、駒澤に詰め寄った。

 しかし彼女は動じることなく、愉悦に浸りながら淡々と起こした事実を紡いでいく。


「そして、六人目にハラスメントばかりする傲慢なあの人を殺したんです。あ、なんかストーカーされてたみたいなんでその人もついでに消しました。これで七人。七つ揃えば願いはやっぱり叶うのですね……‼︎」

「まだ警察が把握していない被害者もいて、七人も殺害したの……⁉︎ 捧げるって、ねぇ……あなたの推しって……」



「あなたです」



 彼女が順番に語った被害者。私が最近抱えていた事件の被害者と特徴が一致していた。

 そういえば、数ヶ月前に別の件で大学病院を訪れたことがあった。その時、私は彼女に推されだしたということ……?


「事件を起こせば、あなたがまた私の住む街に来てくれると思ったんです。最初は遠くから見守ることができればよかったんです。けど、あなたを想えば想うほど、あなたと話したい……あなたに捕まえて欲しい……あなたと繋がりたいと、私は私を抑えられなくなったんです……‼︎」

「私に会うために、関係のない人を……⁉︎」

「ちょうど良かったんです。私の殺した人はみんな悪人だったので。せっかくなら刑事さんであるあなたのためになった方がいいかと思いまして。これが私の推し活です……♡」


 駒澤は待てと我慢できなかった犬のように涎をだらしなく垂れ流し、私から目を離さずこう言った。


「あなたに──会いたかったんです」


 女は口を開いた。


 彼女は拘束されているにも関わらず、パイプ椅子ごと立ち上がり唇を喰らうかのごとく、私を押し倒す。

 衝撃の真実と突然の出来事に対応できない私を置いて、彼女は口内に舌を入れ込んでいく。

 すぐに隣で見ていた上司が駆けつけて彼女を私から引き剥がしてくれた。

 気持ち悪い、息苦しい。私は突然の恐怖で涙を流してしまった。


「はぁ、はぁ……‼︎ あは、あはは! 幸せぇ‼︎ あなたと最期に繋がれるなんて、なんて私は幸福者なんだろう! 私はあなたとのキスを抱いてイけるのね! あなたもきっと私との口付けを忘れられなくて、私を一生想い続けてくれるのね……! ありがとう、冴島さん!」


 そして、彼女は舌を噛み切り、口から血を流し、その場に倒れた。

 すぐに救急車で病院へと運ばれ、一命は取り留めたものの、数日後に自殺したと連絡が入った。

 彼女は看護師だ。死因はしばらくしたら判明するだろうが、それなりに命の奪い方は分かっているのだろう。


 私は報告を受け取った携帯を鏡に叩きつけた。どちらも使い物にならないくらいに割れた。洗面所で何度も何度も口を洗っても、あの時の感触が消えやしない。

 こびりついたその愛が鏡越しの私の後ろで笑っている気がした。

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あなたに会いたかったの 杜侍音 @nekousagi

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