㉔人生最高の幸せ

 その後は電子レンジで温めたコーヒーで、絢さんを交えての一家団欒となった。

 突然母が、「一ノ瀬くん、何時頃迄いられるの?」と絢さんに訊いた。

「今日はこの後バイトがありますので、八時にはここを出ようと思ってます」

「じゃあ、夕飯は食べられるわね」

「あ、はいっ、頂きます!」

 絢さんはとても気持ちの良い返事をした。こういう時には遠慮はしない方がいい、の代表例みたいな返事だった。

「母さん、今日は寿司だ、寿司。出前がいい」

 父が珍しくご飯関係に口を出す。

「寿司?!やったぁーーー!」

 仁騎は、今日はずっと上機嫌だった。

「じゃあさ、絢さん、とりあえず俺の部屋に来てよ!」

「とりあえずって、何よ」

 あたしが言うと、「姉ちゃんは後でゆっくり話せばいいじゃん?」と返された。

「とりあえず、弟くんの部屋に行って来るわ」、と絢さんがあたしに言ったタイミングで、「仁騎っす!」と仁騎が言った。

 程なくして、二人は二階に消えて行った。


「なかなかの好青年じゃないか」

 父があたしを見ないで、そう言った。

「う・・・うん」

 あたしも父を見ないで返事した。

「お寿司持って来てもらうの、六時くらいでいいかしらねぇ」

 母は立ち上がり、出前寿司のメニュー表を取りに行き、戻って来た。

「サイドメニューの唐揚げなんかもあった方がいいわよねぇ、紅美?」

「うん、あった方がいいと思う」

 母は三つ折りのメニュー表を開きあちこちを見ていたけれど、急にあたしの方に視線を移した。

「紅美、本当にごめんね」

「何が?」

「一ノ瀬くんの事」

「あぁ・・・」

「母さん、紅美の事、見直したわ」

「え?」

「人を信じる事の大切さを、紅美に教えられたわ」

「一体、何があった?」

 たまらなくなったのか、父が口を挟んで来た。

 あたしは、これまでの経緯いきさつを掻い摘んで父に説明した。

「なるほど・・・そりゃ、母さんの気持ちも解からんではないなぁ・・・」

「うん。あたしが母さんの立場だったら、同じ様に思うよ。母さんだけじゃなく、りりあも咲子もみんな心配そうにしてる」

「にしても。四年間、フリーでいた甲斐があったわね」

 母が茶化す。

「母さん、コーヒーのお代わり」

 気まずくなったのか、父が話題を逸らした。


「姉ちゃーん!もういいよー」

 二階から仁騎の声がした。

 上がるとそこに仁騎の姿はなく、絢さんがあたしの部屋の前に立っていた。

「ど、どうぞ」

 あたしはドアを開け、絢さんを招き入れた。

「へぇ~・・・紅美ちゃんは、毎日ここで俺の事考えてんだ」

 絢さんは微笑みながらそう言って、唇を左に上げた。

「もうっ!」

 あたしは恥ずかしさで、頬を膨らませた。

 それからあたし達は、並んでベッドに腰掛けた。

「俺、平気なフリしてたけど・・・実は、めっちゃ緊張してたんだよ?」

「え?そうなの?」

「あったり前じゃん!・・・いきなりお父さん、だぜ?」

 まぁ・・・言われてみれば、確かにそうだ。

「とにかく、今日の俺は仁騎にかなり救われた」

 言って、絢さんがあたしを見た。あたしも絢さんを見ながら言った。

「うん・・・だね。てか・・・あたし、ずっと心の中でツッコんでた、絢さんの事」

 思い出したら可笑しくなって、一人で笑ってしまった。

「えー?・・・俺、何か粗相した?」

「ううん。いつもの絢さんと違い過ぎて、絢さんが喋る度に(あなたは、誰ですか?)ってツッコんでた」

「・・・惚れ直した?」

 絢さんの唇がまた左に上がる。

「ぅん」

 あたしは、自分の膝に置いた手の甲をみつめながら応えた。

「素直でよろしい!」

 どこかで見憶えのある台詞を耳に、あたしは人生で最高の幸せを噛み締めていた。

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あたしの彼はフリーター☆ 山下 巳花 @mikazuki_22

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