㉓ビラビラの正体
「土日はコンビニでバイト、平日は研修、という生活を約一年、続けています」
絢さんは、はっきりとした口調でそう言った。
「私は、初耳だが」
と、父が母とあたしを見ながら言った。
「あ、そうでしたか。てっきりご存知だとばかり・・・」
「母さんにしか言ってないの」
慌ててあたしが言うと、「紅美にお付き合いしている人がいる事も、昨日知ったばかりだよ」と父は付け加えた。
「それでは、あらためて、ご挨拶させて頂きます。紅美さんとお付き合いさせて頂いている、一ノ瀬絢と言います。よろしくお願い致します」
そう言って、絢さんは軽く頭を下げた。あたしも一緒に下げる。
「実は、父は会社経営をしておりまして、僕の大学在学中には『会社を継ぐ継がない』で母も巻き込み常に父と揉めておりました」
「もしかして・・・あの『一ノ瀬グループ』かね?」
「はい、そうです」
父が的を得た返しをしたので、ちょっと感心してしまった。
あたしと母は『一ノ瀬グループ』を知らないので、二人でポカンとしてしまった。
「ほほう・・・君は、学生の頃にはお父様の会社を継ぎたくなかったのかね?」
「はい。進みたい道があったので」
「訊いてもいいかね?」
「数学の教師です」
「カッケーーーー!」
再び、仁騎が声を上げる。
「けれど、その内、バイト先であったコンビニの経営にも興味が湧きまして」
「コンビニのバイト、学生の頃からしてたの?」
あたしが質問する。
「そうだよ」
絢さんはあたしにそう言うと、父と母に顔を向けた。
「そこで、父の会社でコンビニの経営をさせてもらえるのか尋ねたところ、それで僕が後を継ぐのなら考える、という流れになりまして」
「じゃあ・・・研修っていうのは?」
(そこ、あたしが訊くところだよっ!)
今度は、心の中で母にツッコミを入れる。
「はい。父の会社の雑務をしたり、コンビニ経営等について学んでおりました。最近では、コンビニ第一号店の準備も進めております」
「・・・それ、内緒にしなきゃいけない話?」
素朴な疑問を、あたしは絢さんにぶつける。
「とは言え、実は準社員での雇用でさ。俺自身、迷い迷い進めてたからね。はっきりと形になる迄は、誰にも言いたくなかったんだ。失敗の報告なんてしたくねぇし」
「それって、だけど、色々と不利じゃない?」
「だね。誰かさんには『オレオレ詐欺』してるって勘違いされるし」
絢さんが笑いながら言った瞬間、皆があたしに注目する。あたしは、恥ずかしさで顔が赤くなる。
「だけど、そんな俺だと思って離れるヤツなんて、俺、要らねぇから。この一年で、人間関係は大きく変わったよ。いい選別ができたと思ってる」
絢さんがあたしに微笑み掛ける。あたしは少し答えに迷い、小さく頷く事で気持ちを伝えた。
「どっちにしても、何にしてもカッケーや!」
仁騎はもはや絢さんの虜になっていた。
「一ノ瀬くん・・・ごめんなさいね。私も、悩んでる紅美に前向きなアドバイスはしてやれなかったわ・・・お付き合いを始めたって聞いた時も・・・」
母は苦しそうな表情のまま、口を
「お母さん、いいんです。当然だと思います。だけど、紅美さんはずっと俺の傍にいてくれました。只、お母さんにご心配をお掛けした事は謝ります。申し訳ありませんでした。六月からは正式に社員となりますので、ご安心下さい」
そう言って、絢さんは母に向かって深々と頭を下げた。母も頭を下げる。
「一ノ瀬くん。今後とも紅美をよろしく頼みます」
今度は父が頭を下げる。
「はい。承知致しました」
絢さんは今度は父に向かって頭を下げた。
(ちょっと~~結婚の挨拶じゃないんだからぁ~
と心の中でツッコミつつも、あたしの目頭は熱くなる。
「・・・コーヒー、冷めちゃったわね・・・淹れ直しましょうか」と、目尻を押さえながら母が言った。
結局、コーヒーに口を着けたのは父だけだった。
「チンでいいよ、チンで!」
仁騎が母に言うと、「僕も、チンでお願いします」と絢さんも後に続いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます