㉒あなたは、誰ですか?

 その日、絢さんは約束の二時に少し遅れて到着した。

『着いたよ』のメールで表に出ると、メットを脱いでバイクにまたがる絢さんが目に飛び込んで来た。

「あれ?・・・今日、車じゃないの?」

「うん。このままバイト行くから」

「今日、バイトがあるの?」

「毎週土日はバイトだよ?」

 そう言って、絢さんは笑った。

「とりあえず、バイク、駐車場に入れて」

 と言ってあたしは、絢さんとバイクを駐車場に誘導した。

 そして、玄関に向かうポーチを歩く絢さんを見て、驚いた。装いがいつもと全く違っていた。

 いつもの絢さんは、起きてそのままなんじゃないかと思う系のボサボサヘアに、服装はシンプル且つラフなシャツにジーンズという出で立ちだった。

 だけど、今日の絢さんの髪はきちんと整えられていて、服装に関しては、綺麗めの紺のシャツにグレーのチノパンという、イメージにそぐわない恰好をしていた。

 あたし達はそのまま家の中に入った。


 リビングに入ると、男性陣がソファーに腰掛けたまま、絢さんに注目をした。

「お邪魔します。初めまして。一ノ瀬絢と言います」

「いらっしゃい」

 キッチンでガタガタしていた母が言うと、今度は父が「まぁ、適当に座りなさい」、とあたし達をソファーに促した。

「失礼します」

 絢さんはそう言って、父と対面する位置の一人掛けのソファーに腰を下ろした。あたしは、仁騎の隣に座った。絢さんとは角で隣り合っている。

(今日の絢さん、何だか別人みたい・・・)

 あたしは、絢さんの横顔を凝視した。

「めっちゃそっくりっすね!中村何とかに!」

 シーンとした空気を和ませたのは、仁騎だった。

「あ、うん。よく言われるし、偶に間違えられる」

 絢さんはそう言った後、「弟くんは、いくつなの?」と質問した。

「あっ!高三っす!趣味はゲームっす!」

 と、仁騎はここぞとばかりに早速アピールしていた。

「趣味、俺と一緒だね」

 絢さんがそう言って仁騎に微笑んだ。

 父は、その間何も言わず、眼鏡を拭いたりリモコンでテレビを切ったりと、不自然な行動を取っていた。

「紅美~、コーヒー運ぶの、手伝って!」

 母に言われて立ち上がり、あたしはキッチンに移動した。

「一ノ瀬くん、カッコいいじゃないの」

 コーヒーをトレイに乗せながら、母が小声で言ってきた。

「ありがと」

 あたしは、複雑な気持ちでお礼を言った。

(今日の絢さん、あたしの知ってる絢さんじゃないんだけどな・・・)


 全員がソファーに座り、全員の目の前にコーヒーが置かれた。母は、父と角で隣り合う位置に腰掛けた。つまり、仁騎を挟む様にしてあたしと母が三人掛けの椅子に座る形となった。しかし、誰も喋らない。

 あたしは、全員の顔を代わるがわるに見やった。

 コーヒーを啜る父。

 珍獣でも見るかの様に絢さんを凝視する仁騎。

 あたしに「何か話しなさいよ」と目配せする母。

 そして、何故か堂々としている絢さん。

(この空気、どうすんのよ~)

 何か言おうと口をパクバクさせていたら、「あの」と突然絢さんが口火を切った。

「何だね?」

「はぃ?」

 父と母が同時に答える。

「僕の仕事の事は紅美さんからお聞きとは存じますが・・・ようやく形になってきたので、今日はその報告もしようと思って参りました」

(あなたは、誰ですか?)

 可笑しな口調の絢さんに、心の中であたしはツッコミを入れる。

「仕事の事がはっきりしてから紅美さんには交際を申し込むべきでしたが・・・他の人に盗られたくなかったので・・・つい、フライングしてしまいました」

 絢さんは、そんな恥ずかしい台詞も臆する事もなくスラスラと言ってのけた。

(あなたは、誰ですか?)

 照れるよりもまず先に、あたしの心のツッコミが顔を出す。

「カッケーーーーっ!」

 そんな絢さんに仁騎は、一人興奮状態だった。

 父と母は居心地悪そうな様子で、「はぁ」とか「まぁ」等と口籠っていた。

「紅美ちゃんにも、ずっと言えなくて・・・ごめん」

 絢さんは、少しだけ、いつもの絢さんに戻ってあたしに囁いた。

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