㉑変化する風向き

 あたしは絢さん自身に惹かれたのであって、ステータスを好きになったんじゃない。"鯉のぼりのビラビラの法則"に気付いてから、気持ちがとても軽くなった。

 お金が無いなら無いで、それなりのデートをすれば良いだけの事。土日しか働いてないのに外車に乗っているのだから、きっと苦しいに違いない。

 あたしは、彼氏を困らせないいい女になろうと決めた。

 合コンで、確かにあたしは学生ではなく社会人を求めた。ちょっとオトナの世界を垣間見たかったのもあるし、運良く彼氏ができたあかつきには贅沢もしてみたかった。

 だけど、あたしが惹かれたのは、選りにも選って『フリーター』の絢さんだった。しかも、とにかく謎が多い。一般ではない雰囲気が漂っている。りりあなんて「ホストとか!」と断定していたし、あたしもそれに少なからず同意してしまった。

 そもそも、絢さんは最初から『平日は研修』と言っていた。それはずっと一貫している。だったら、何かの研修をしているのだろう。つまり、みんなが引っ掛かりを感じている"平日に何をしているのか判らない人"、という部分に焦点を当てるからしんどかったんだ。

 それに、絢さんはいつかはその謎について話してくれると言った。

 だから、あたしは只々その言葉を信じて待っていればいいのだ。他に考える事や悩む事なんて、何も無い。


 一緒にちらし寿司を作りながら母にそう伝えると、少し困った顔をしながら、「あのビラビラは、『吹流ふきながし』っていうのよ?」と、見当違いの返事をくれた。けれど、その言葉は、今のあたしの心をとても楽にしてくれた。


 その日の夜。

 仁騎が絢さんに会いたいと言うので、電話をしている時に絢さんに伝えたら、「いいよ」とふたつ返事だった。てっきり渋られると思っていたので、その時用の返事しか用意していなかったので焦った。

「あ・・・あ、じゃあ・・・いつなら来れる?」

 少しのを置いて訊ねると、「前以って日にちを指定してくれれば、空けるよ?」と言ってくれた。そんなところに、とても優しさを感じてしまう。絢さんと出逢えて本当によかったと、会話をする度逐一思う。

 電話を切って下階に下り、リビングにいる仁騎にそれを伝えると「マジ?!やったぁぁぁあああああ!」と大喜びだった。

「いつがいいの?」と訊くと、「日曜日ならいつでも!」と返ってきた。

 あたしはその場ですぐに絢さんにメールを入れた。


『弟に訊いたら、日曜日ならいつでもいいって言ってる』

 すると、『了解。再来週の日曜に予定しといて』とすぐに返事が来た。


 約束したその日迄、アッという間だった。

 仁騎も喜びまくっているが、それはあたしも同じ気持ちだった、否、仁騎よりもあたしの方が浮かれていた。けれど、それは態度には見せていない。

 初めて我が家に招く成年の彼氏。

 更にその日は、家族全員がいる。

 その場合、まずはどこに通すのが適切なんだろうか・・・。

 そもそも、今日は仁騎が望んだ来訪なので、とりあえずは仁騎の部屋が正しいのだろうか?

 それとも、たちまちはリビングで過ごすのが普通?

 それとも、先ずはあたしの部屋?

 あたしは、朝から一人でパニクっていた。

「紅美ー?車、今日は駐車場に入れてもらってね」

 そわそわして意味もなく動き回っているあたしに、母が言う。

「あぁ、うん、わかった」

 リビングの掛け時計を見ると、約束の時間迄、後一時間を切ったところだった。

 あたしは、片付けや掃除に不備がないか確かめる為、自室に戻った。

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