⑳ビラビラの法則

 無事に絢さんの彼女になれたものの、もやもやが全く無いと言えば嘘になる。

 もし知人から「彼氏、何してる人?」って訊かれた場合、「フリーター」と答えるしかない。否、フリーターがいけない、というワケではない。「土日だけバイト」というのが引っ掛かるのだ。「じゃあ、平日は何してるの?」と問われれば、「知らない」としか答えられない。彼女で在りながらこんな回答しかできないなんて、とても情けない気がする。


 案の定、あたしが絢さんと付き合い始めた事について母は、あまりいい顔をしなかった。「何か不具合が起こっても、母さんは知らないわよ」のスタンスだった。


 案の定、りりあも心からは喜んでくれてはいない様子だった。「何かあったら、相談してね?」と、心配そうだった。


 高校の時に仲良くしていた咲子にも、報告した。咲子は、他の人よりは喜んでくれた。何と言っても四年振りの彼氏、という事で「おめでとー!」と祝ってくれた。だけど、やはり、"平日の動きを内緒にしている"というところには引っ掛かりを感じている様だった。


 大喜びしてくれたのは、仁騎だけだった。「外車乗ってるとか、めっちゃカッケーじゃん!」「今度、うちに連れて来てよ~」「どんなゲームしてるんだろ~」と、大はしゃぎだった。


 毎年、この時期になると我が家の敷地では、四匹の鯉が泳ぎ出す。

 天色あまいろの空の下で、鯉達は今日もたおやかに揺れていた。

 ゴールデンウィーク最後の、端午の節句の日の朝。

(あの、一番上のビラビラ、何だろう)

 と、あたしは今年もそう思った。毎年、同じ事を思っては、特に調べる事もせず・・・また翌年に疑問を抱く。だけど、次の瞬間には、どうでもよくなっていた。

 あたしは、黒く巨大な鯉の上でビラビラとなびくカラフルなそれをジッとみつめた。

 どれくらいの時間、そうしていただろう・・・突然、頭の中に閃きが降りて来た。

(そうだ!あのビラビラだと思えばいいんだ!)

 あたしは、ふと、そう思った。

 そう。あのカラフルなビラビラにも、きっと大きな意味がある筈だ。

 だけど、多分、大抵の人はビラビラに等見向きもせず、その下で優雅にたなびく鯉にしか注目していない。あんなにカラフルな色をしているにも関わらず・・・。

 だから、平日の絢さんの謎もあの『ビラビラ』だと思えばいい。

 目立っているけど、気にしない。

 意味はあるのだろうけれど、気にしない。

 仁騎が生まれてから十八年。あのビラビラの意味なんて知らずに今日迄過ごして来た。だけど、あたしも仁騎もそれで困った事なんて一度もない。

(それでいいんだ!)

 あたしは、天色の空に向かって大きく深呼吸をした。


 自室の窓は開けたまま、きっと今年もちらし寿司を作っているであろう母を手伝う為に、あたしは急いで下階に下りた。

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