⑲ふたつの質問

「あの・・・その前に、ふたつ、訊きたい事があるんだけど・・・」

 衝撃的な絢さんからの告白の数秒後、あたしの口をついて出た言葉は『可愛気がある』とはほど遠いものだった。

「何?」

 それでも絢さんは、嫌な顔ひとつしなかった。

「ひとつは・・・あたしのどこを好きになってくれたの?」

「理由、要る?」

「できれば・・・欲しい」

「・・・怒んない?」

「怒る様な事なの?」

「かも」

(どうしよう・・・)

 あたしは暫し考える。けれど、やはり訊いてみる事にした。

「言って?」

「面白いトコ」

「へ?・・・そこ?」

 気が抜けた。

「他の言い方をすれば・・・飽きないトコ、かな?」

 喜んでいいのか、怒るべきなのか・・・どんな対応をしたらいいのか悩んでいたら、「で?・・・もうひとつの質問って?」と絢さんが話を進めてくれて、助かった。

「怒んない?」

 今度はあたしが訊ねる。

「え?・・・怒る様な事なの?」

 絢さんが訊いてきた。

「かも」

 まるでデジャヴの様な会話が並ぶ。

「言ってよ」

 あたしは意を決して、課せられたミッションを開始した。

「絢さんがよく口にする『研修』って、何?」

 途端、心臓がバクバクし始める。訊いてはいけない事を訊いた気がして・・・だけど、あたしの中でこれだけはどうしても、はっきりしておかなければならない大事な項目だった。

「んー・・・」

 そう言ったまま絢さんは暫く考え込み、動かなくなってしまった。

「もしかして・・・投資?」

 あまりに答えが返って来ないので、あたしは痺れを切らしてしまった。

「いいや」

「じゃあ、ホスト?」

「え?」

 絢さんが目を丸くしてあたしをみつめてきた。

いや・・・した事ない」

「じゃあ・・・オレオレ詐欺?」

 あたしは、窺う様な視線を絢さんに向ける。

 お互い見つめ合ったまま、数秒間、時が止まった。

「ぶわっはっはっはっはっ~~あーっはっはっはっは~~・・・」

 絢さんが突然狂った様に笑い出したので、びっくりした。

「・・・いーっひっひっひっ~・・・ごめん・・・笑いが止まんねぇーーー」

 小川のせせらぎと小鳥のさえずりの中に、不調和な音声が入り込む。

 あたしはそのまま笑い転げる絢さんをぼーっと眺めてた。

「あ~~~びっくりしたぁー」

 びっくりしたのはあたしの方だ。あたしは、自分の表情が曇るのを感じた。

「俺は。投資もしてないし、ホストでもないし、オレオレ詐欺もしてないよ!」

「じゃあ、平日は何をしてるの?」

「研修」

「だから!『研修』って、何?」

 堂々巡りに、つい口調がきつくなってしまった。

「それは・・・今は、言えない。だけど、神に誓って、変な事はしてないよ。それは信じて欲しい」

「『今は言えない』って事は、いつか言ってもらえるの?」

「うん、勿論。言うなって言われても、言うだろうな~」

「それは、あたしが喜ぶ事?」

「喜んでくれると・・・信じたい」

 絢さんの目尻が下がる。

「・・・解かった」

 好きになった人を信じてみようと、思った。

 絢さんだからこそ、信じてみたいと思った。

「あの・・・こんなあたしでよければ・・・お願いします」

「え?・・・何が?」

 絢さんが首を傾ける。

「ぇ・・・だから・・・さっきの、返事」

「あぁ!笑い過ぎて、過去がぶっ飛んでた!」

 絢さんは、今度は白い歯を見せて笑った。

「じゃ、今から紅美ちゃんは俺の彼女、ね!」

 頭上から降り注ぐ祝福の音響と光のシャワーの中で、あたしは小さく頷いた。

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